2/7up: 記事:考・白川 第1部 検証 立野ダム⑥ 北向山原生林の保全 試験湛水環境への影響懸念

考・白川 第1部 検証 立野ダム⑥
北向山原生林の保全 試験湛水環境への影響懸念

 「あの頃は、青年団の若い者でそろって戸下温泉に
よく行きました。春は山桜、秋は紅葉と、北向山の眺め
がそれは見事で」
 大津町瀬田の農業、瀬川カズ子さん(79)は1955
年ごろ旧長陽村(現南阿蘇村)の戸下温泉を訪れた思
い出を振り返る。温泉に漬かり、白川対岸の北向山(大
津町)の眺めに癒やされたという。
 夏目漱石、与謝野鉄幹ら「五足の靴」の一行、孫文
も訪れた戸下温泉の各旅館は、立野ダム計画に伴って
廃業・移転。跡地の真上に架かる阿蘇長陽大橋からは、
昔と変わらぬ趣の原生林を間近に望むことができる。
 「北向山は急勾配で危険なため植林などの開発を免
れてきた。珍しい動植物も多く、手付かずの自然が残
る」。白川の水質や生物の調査に長年取り組む金子好
雄・東海大産業工学部准教授(61)=水環境工学=は、
その重要性を強調する。
 国土交通省九州地方整備局が1975~2008年
度、ダム予定地などで実施した調査では、国や県が重
要と定める動物(ほ乳類・鳥類・陸上昆虫類など)1
07種と植物67種が確認された。
 これらの自然や生態系は、立野ダムによってどの
ような影響が考えられるのか。同整備局によると、
満水時には国が天然記念物に指定した80・8ヘクタールの約6
%に当たる4・7ヘクタールが水没するという。
 環境調査では、動植物計42種の生息場所が消滅した
り、個体が死ぬ恐れのあることが判明。同整備局は、原
生林の別の場所に①ほ乳類の生育に適した場所をつく
る②陸生貝類を移動③植物は移植や挿し木をする―な
どの保全策を取る方針だ。
 立野ダムは通常は水をためない穴あきダムで、「洪
水時でも原生林の一部が水没するのは短時間で済み、
動植物への影響は小さい」と同整備局。昨年の7・12
級の豪雨でも「たまった水は一日ほどで排水される」
という。
 問題は、ダムエ事の最終段階で行われる試験湛水
だ。満水まで水をため、元の水位に戻すまでに通常半
年~1年程度かける。立野ダムの試験湛水期間は未定
だが、同整備局は環境への影響を小さくするため短
縮を検討している。
 しかし、昨年、北向山を視察した哺乳類生態学
者で環境NGO広島フィールドミュージアム代表の金
井塚務氏(61)は懸念を示す。「生物界では”境界”
に当たる場所が多様性に富み、重要。ダムの試験湛水
では森と川、陸と水の境界が水没するので、原生林全
体が壊滅的なダメージを受けてしまう」
 同じ穴あきの構造の島根県の県営益田川ダムでは、
試験湛水(4カ月)で水没した樹木が枯れたのが確認さ
れている。金子准教授は「試験湛水後も自然の復元力が
発揮されるよう、しっかり保全策を講じるべき」とく
ぎを刺す。(三回隆昌)

【写真】阿蘇長陽大橋から白川対岸を眺め、「北向山は昔と変わ
っていませんね」と話す瀬川カズ子さん

 ズーム 北向山の原生林 白川が阿蘇外輪山を削ってできた
斜面に広がる照葉樹林。ウラジロガシやスダジイ、ム
クノキなどが群生する。1969年、約80ヘクタールが「阿蘇
北向谷原始林」の名称で国天然記念物に指定された。

熊本日日新聞 2013年2月7日

2/7up: 記事:考・白川 第1部 検証 立野ダム⑥ 北向山原生林の保全 試験湛水環境への影響懸念 はコメントを受け付けていません

Filed under 報道

Comments are closed.