■流水型ダム(穴あきダム)とは?
洪水時の河川は大量の土砂を流下させるので、ダムに土砂が堆積することは避けられない。そのため、ダムの下流や海に土砂が供給されなくなり、日本でも多くの砂浜がなくなり、海岸線も後退している。貴重な国土が削られていくわけだ。他にも河川の水質悪化、河川環境や生態系への悪影響、広大な自然や人々の住まいを水没させる、ダム災害を引き起こすなど、ダム建設は流域の自然環境や人々くらしに様々な問題を引き起こしている。また、どんなダムでも土砂に埋まり、将来寿命を迎える。
そのためか近年、国土交通省などが進める新たなダム建設では、ダムの目的を洪水調節のみとし、穴を河床付近に設置して普段は水をためない「流水型ダム」が見られる。
流水型ダムの宣伝パンフレットを見ると、「普段は川に水が流れ、ダムに水が貯まることはありません。そのため、土砂の流下や魚の遡上を妨げません。また、普段はダムに水を貯めないことから富栄養化などの水質悪化もありません。環境に与える影響を軽減する環境に優しいダムです」などと書かれている。
熊本県の蒲島郁夫知事(当時)は、2020年7月4日の球磨川豪雨災害を受け同年11月、「命も清流も守る」として流水型の川辺川ダム建設を求めると表明した。はたして流水型ダムで、命と清流が守れるのだろうか。
■流水型ダムも緊急放流を行う
洪水調節を目的とするダムは、洪水時に下流の川の水位を下げるために、洪水の一部をダム湖にため込む。しかし、想定以上の雨が降った場合、当然ダム湖は満水になる。その場合、ダムに流れ込む洪水をそのまま下流に流す「緊急放流」を行う。それまでダムが洪水をため込んでいた分、ダムの放流量が一気に増加して、ダム下流の水位は一気に上昇する。
国土交通省は、緊急放流をした場合でも「ダムによる洪水調節で避難の時間を確保できる」と主張するが、深夜や早朝などの場合や、住民に連絡が届かなかった場合はどうなるのだろう。現に、2018年7月7日の西日本豪雨災害では、愛媛県肱川の野村ダムが未明の豪雨の中、緊急放流を行い、住民は緊急放流を知ることも逃げることもできずに、多くの尊い人命が失われた。
流水型ダムも当然、想定以上の降雨では満水となり、緊急放流を行うことになる。現に、益田川ダム(島根県)や辰巳ダム(石川県)をはじめ、現在運用されている国内のすべての流水型ダムには、いずれもダムの上の方に、緊急放流をするための大きな穴がずらりと並んでいる。このことは、想定以上の洪水では、流水型ダムでも命は守れないことの証明である。
■流水型ダムの穴が流木等でふさがると、どうなる?
流水型ダムの最大の弱点は、穴がダムの下部にあるために、洪水時に流れる大量の流木や土砂、岩石などがダムの穴に押し寄せ、穴がふさがることだ。
国土交通省は、熊本市を流れる白川の上流に建設中の、流水型の立野ダムについて「流木や巨石はダムの上流に捕捉する施設を設けて止める。穴(幅5m×高さ5m)にもスクリーン(動物園のオリのようなサク)を設置するので問題ない」と強調するが、2020年7月豪雨で球磨川や支流を流れ下った流木の量を考えると、それらで対応できるわけがない。
洪水時に流木等でダムの穴がふさがれば、ダムは洪水をため込むだけとなる。ダム湖が満水になったとたんに、緊急放流する穴からダムに流れ込む洪水が一気に流れ落ちる。ダム周辺や下流は大変危険なことになるのは明らかだ。流水型ダムでは命は守れない。
洪水時に流水型ダムはどうなるのか。以下は最上小国川ダム(山形県)の例である。少しの増水でもダムの穴に流木が押し寄せた。さらに流木などが流れてきたらダムの穴がふさがるのは明らかである。
■ツマヨウジが浮くからダムの穴はふさがらない?
国内の流水型ダムは、いずれも流木や岩石などがダムの穴に入り込まないように、ダムの穴の上流側が、すき間20cmのサク(国土交通省はスクリーンと呼ぶ)で覆われている。しかし、大量の流木や岩石など、あらゆるものが引っ切りなしに流れる洪水時の河川の状況を考えると、ダムの穴を覆うサクは、たちまち流木などでふさがってしまうことが容易に想像できる。
同省は、流水型ダムである立野ダムでは、ツマヨウジを流木に見立てた模型実験で、サクをふさぐ流木はダムの水位が上がると浮くから、ダムの穴はふさがらないとしている。模型実験に使用したツマヨウジは、乾燥した木材だ。洪水時に川を流下してくる木材は、水を含み非常に重くなっている。また、洪水時に実際に流れる流木は枝葉や根がついており、当然曲がったり直径が変化したりしている。いろんなサイズの木くずやゴミ等も流れてくる。模型実験では、それらが絡み合ってサクに貼り付いた場合を全く想定していない。
流木を穴が吸い込む力は、流木の浮力よりもはるかに大きいのは明らかであり、同省の主張は、あり得ないことだ。
■川辺川流水型ダムには法アセスが必要
川辺川は九州山地の湧水を集め、長年「水質日本一」にも選ばれている屈指の清流だ。391ヘクタールもの川辺川ダム水没予定地一帯に2754種もの動植物が分布していることが国土交通省の調査でも分かっている。
川辺川ダムは計画が古いという理由だけで、これまで環境影響評価法に基づく環境アセスメントは実施されてこなかった。同省は「流水型ダムは旧ダム事業を引き継いでいるので、今後も法アセスはしなくてもよい」と主張する。
2022年3月、同省が法アセスに相当すると主張する「環境配慮レポート」が公表された。323ページに及ぶ資料を同省のホームページで読んで驚いた。流水型の川辺川ダムについて明らかにされたことは、ダムの位置と高さ程度だ。流水型ダムの穴の位置や大きさ、穴に設置されるゲートの形状や運用については一切明らかにされていない。それでは、流水型ダムによる水の濁りや、土砂がどの範囲にどの程度堆積するのか、またダム水没地やダム下流の川辺川と球磨川、八代海にどのような影響を与えるのか検討できないはずだ。これではあまりにも不十分だ。
「生物の多様性なくしては人類の未来はない」という事は世界の常識となり、日本においても生物多様性の国家戦略が策定され30年近くが経過した現在、川辺川流域の自然環境は流域住民のみならず国民共有の貴重な財産だ。流水型川辺川ダムは法アセスを実施すべきだ。ダム建設が環境にどう影響を与えるのか知ることは、私たちの世代に課された権利であり、責務である。
■流水型ダムは河川環境に致命的なダメージを与える
流水型川辺川ダムの高さは約108m。36階建てのビルの高さに相当し、熊本県庁や熊本城と比べてもはるかに高い。巨大コンクリート構造物が大自然の中に出現し、清流を分断するわけだ。
高さ約108mの流水型川辺川ダムの穴(トンネル)の長さは100mあまりになると推測される。ダムの上流には流木防止用のスリットダムが、穴の入口にはサク(スクリーン)が、ダムの下流には放流を受止める副ダムが造られ、長さ数百mのコンクリートの浅瀬も出現すると推測される。これでは魚類も遡上できない。
流水型ダムは洪水時、ダムの上流に土砂や岩石等を大量にため込む。洪水が終わった後は、たまった土砂が露出して流れ出し、川の濁りが長期化する。
国土交通省は、流水型ダムの水位が下がるとともに、たまった土砂も一緒にダムの穴を通り下流に流れるので土砂は堆積しないとしているが、あり得ない話だ。洪水後、水が引いたダム湖一帯の五木村が泥だらけ、流木だらけ、岩石だらけになるのも明らかだ。
2005年の豪雨で、川辺川上流にある朴ノ木砂防ダム(流水型ダムと同じ構造)は大量の土砂をため込み、洪水後はたまった土砂が露出して流れ出し、長期間下流の川辺川と球磨川を濁した。高さ25mの朴ノ木砂防ダムでもこの有様なので、高さ108mの流水型川辺川ダムができれば、比較にならないほど大量の土砂が堆積し、濁りが長期化する。ダム下流への砂礫の供給はなくなるので、人吉市など下流の球磨川は岩盤むき出の無残な状態になることも明らかだ。流水型ダムで清流は守れない。
■流水型ダムの費用対効果は1以下!
2022年7月、国土交通省は事業評価監視委員会を開き、流水型川辺川ダムの費用対効果を1.9とした。ところが、旧川辺川ダム計画で実施済みの事業費を加えた場合の費用対効果は0.4と、予算化の目安となる1を下回っている。同省が「旧ダム事業を引き継いでいるので法アセスはしなくてもよい」というのなら、当然費用対効果でも旧事業からの分も加算すべきである。ダムが洪水調節できなくなる場合も想定すると、費用対効果はさらに下がるのは明らかだ。
旧川辺川ダム計画で実施済みの事業費を加えた総事業費は約4900億円に上ることも明らかになった。河川法によると、熊本県の負担額はその3割、約1470億円となる。県民一人あたり約8万6000円(4人家族で約34万6000円)を流水型川辺川ダムに負担することになるのだ。
今後事業費が大きく膨らむことも容易に考えられる。次の世代に借金をして、負の遺産を作ろうとしているのがこのダム事業である。
■市房ダムの「効果」と緊急放流
2022年9月の台風14号で、球磨川の水位が最高となっていた9月19日の午前3時から、球磨川上流の市房ダムは緊急放流を行った。ところが県と国土交通省は、市房ダムは下流の球磨川の水位を下げる効果があったとしている。
市房ダムの流入量と放流量のグラフを見ると、確かに同日午前3時頃まで毎秒300トンあまりの洪水調節を行っていたようだが、洪水調節を行っている間、下流の球磨川はあふれるような水位ではなかった。ところが球磨川の水位が最高になった同日午前3時、市房ダムは満水となり緊急放流を始めたのだ。
幸いなことに今回は、午前3時頃から雨脚が急に弱まり事なきを得たのだが、豪雨が降り続いて下流があふれそうなときに緊急放流したら、大変なことになっていたはずだ。
国や県は、普段から市房ダムの洪水調節効果ばかりを宣伝し、緊急放流の危険性について全く触れないのに、今回も緊急放流する直前になって、下流域の住民に早めの避難を呼びかけている。だが、午前3時に緊急放流をして、果たして住民は避難できるのであろうか。
今回市房ダムは、下流がさほど危険でない時に洪水調節をしてダムに洪水をため込み、下流の球磨川の水位が上がったときに満水となって緊急放流をしたわけだ。
2020年7月の球磨川豪雨災害では、相対的に市房ダムの上流では雨量が少なく、市房ダムはぎりぎりで緊急放流を回避したと言われている。その時、中流部を襲った豪雨が市房ダムの上流に降っていたならば、人吉市など下流があふれていたその時に緊急放流をしていたことになる。
仮に川辺川ダムが造られ、市房・川辺川の2つのダムの集水域に想定以上の雨が降り、2つのダムが同時に満水となり、同時に緊急放流する事態も、異常気象が現実となった現在では十分考えられる。ダムでは命を守れない。
■誰のための川辺川ダム建設なのか
人が大きな買い物をするとき、例えば家を建てようとする場合、敷地や家の構造、間取りや仕上げ、予算などを、様々な資料をもとに何度も何度も検討すると思う。
2022年4月、国土交通省は流水型の川辺川ダム建設を中心とする球磨川の河川整備計画(原案)を公表した。ネットで開示された172ページに及ぶ河川整備計画を読んで驚いた。流水型ダムについての記述はたった14行しかなく、環境保全の取組みに至ってはわずか2行の記述しかなかった。策定時に、住民や県民に向けた説明会なども一切なかった。これではダム建設が妥当なのか、住民は判断のしようがない。
国がダムを造ろうとするとき、ダム建設のメリットばかりを宣伝して、ダムの危険性や、環境に及ぼす悪影響については一切説明しようとはしない。
私は長年、人吉市の水害常襲地に住んでいたのだが、豪雨災害の被災者からダム建設を求める声をほとんど耳にしない。球磨川の近くに住む人たちは、ダムができれば川の環境がどう変わるのか、ダムが緊急放流するとどうなるのか、市房ダムの経験を身にしみて感じている。国や県が流域住民のために新たにダムを造ろうというのならば、国は堂々と説明して、住民の不安や疑問の声にもきちんと答えればいいのに、しないのはなぜなのか。
本来、公共事業とは、住民の税金を使って、住民のためになされるものであるはずだ。住民に説明さえせずに、事業を強引に進めようとする国交省は、一体誰のために、何のために川辺川ダムを造ろうとしているのだろうか。
■流水型ダムより山林の保全を
2020年7月の球磨川豪雨災害では、人吉・八代間の肥薩線の線路の大半が水没し、明治時代にニューヨークの製鉄所でつくられた2つの鉄橋も流失してしまった。
肥薩線がつくられた明治時代、大洪水が来ても絶対に水没しない高さに鉄道を通したはずだ。その頃は大雨が降っても、山林や農地が洪水を受け止めたり、あちこちで洪水があふれたりして、球磨川の本川に今のように洪水が集中することはなかった。
ところが近代の治水対策は、連続堤防で洪水を川に閉じ込め、改修で直線的な川にすることで、洪水を1秒でも早く海まで流すことが優先された。だから、治水対策が進めば進むほど、洪水のピーク流量は増えていった。
近年、国土交通省も流域全体で洪水を受け止める「流域治水」を提唱している。点や線でなく、面で洪水を受け止めようという考えだ。流域の大半を占める山林や農地の保水力を高め、洪水をゆっくり流せば当然、洪水のピーク流量は下がるだろう。
ところが2022年8月に策定された球磨川の河川整備計画には、川辺川の流水型ダムが位置付けられている。ダムは点で洪水を調節しようとするものであり、流水型ダムで命を守れないことは、これまで述べた通りだ。
球磨川流域の山林に目を向けると、植林を全て切ってしまった皆伐地や、シカが下草を食い尽くし地盤がむき出しになった場所も多く見られる。これでは大雨が降ったらひとたまりもない。流域の命と清流を守るのならば、流水型ダムではなく、まずは山林に目を向けるべきである。