(1)立野ダムとは?
立野ダムは、熊本市を流れる白川の上流の立野峡谷(阿蘇外輪山の唯一の切れ目)に国土交通省が建設し、2024年に運用を始めた高さ90mの洪水調節だけを目的とした「流水型ダム(穴あきダム)」です。普段はダム下部の穴から水を流して水をためず、洪水の時だけ水をためる計画です。普段は水をためないので、発電や農業利水には利用できないダムです。
1969年の予備調査開始から55年後に完成した立野ダムの総事業費は917億円(平成24年現在)で、熊本県の負担は275億円(県民一人あたり1万5000円)にもなることはほとんど知られていません。
↑立野ダムの高さ(国土交通省資料に一部加筆)
(2)洪水時、幅5mの立野ダムの穴が流木や土砂等でふさがり、洪水調節できなくなります!
2012年の九州北部豪雨で、阿蘇カルデラ内では400か所以上の土砂災害が発生し、大量の流木等が白川を流れ下り、堰や橋脚などに引っかかり、下流の川岸や有明海の海岸にも打ち上げられました。阿蘇カルデラ内で発生した流木や木くず、土砂、岩石、ゴミその他の流下物は、すべて立野ダム地点を通ります。
立野ダムには、ゲートのない3つの穴(幅5m×高さ5m)がダムの下部に開いています。しかも、穴の内部に流木などが入らないように、ダムの穴の上流側は、すき間わずか20cmのスクリーン(動物園のオリのようなサク)で覆われます。これでは洪水時にダムの穴は、明らかに流木や木くず、土砂、岩石などでふさがります。ところが国交省は、「ダムの穴をふさぐ流木は、ダムの水位が上がれば浮いてくるので大丈夫」との見解です。あり得ないことです。
洪水のときにダムの穴がふさがると、洪水を下流に流すことができず、洪水調節ができなくなり、立野ダムは短時間(2012年7月豪雨の流量なら1時間あまり)で満水になります。満水となった時点で、ダムに流れ込む洪水がダム上部の8つの穴(非常用放水門)からあふれ、ダム下流の洪水の水位は一気に上昇します。
ダムが満水の状態で、ダム湖のまわりで土砂崩壊が起きれば、あふれた水が津波となり、一気に下流を襲います。立野ダムは災害をひきおこします。
↑国土交通省「立野ダムカード」に穴の説明を加筆
↑益田川ダム(島根県の穴あきダム)の穴の上流側を覆うスクリーン(柵)
(3)崩れて当然の火山性の地盤~熊本地震の前に立野ダムができていたら?
立野ダム本体周辺には、布田川断層などの活断層も走り、非常に脆弱な地質となっています。2016年の熊本地震により、立野ダム水没予定地周辺の斜面の大半が崩れました。火山性の堆積物が軒並み崩壊し、大量の土砂や樹木がその後の大雨で白川を流れ下りました。
もし立野ダムができていたら、幅5mしかない立野ダムの穴は流木や土砂、岩石などでふさがり、ダムは埋まり、流域を災害から守るどころか、災害をひき起していたはずです。立野ダムがなかったからこそ、流木も土砂も白川を流れ下ったのです。
ダム湖周辺では重機などが下りていく道路がつくれないので、崩壊斜面をコンクリートで固める等の土砂崩壊対策工事もできません。立野ダム完成後、洪水時にダムの水位が上がれば、周辺の火山性堆積物がさらに崩れ、湛水(たんすい)地すべりが発生するのは明らかです。
↑熊本地震前後の立野ダム水没予定地(旧阿蘇大橋付近より下流を望む)
↑熊本地震後の立野ダム予定地周辺(アサヒグラフ航空写真に一部加筆)
(4)極めて不十分な技術委員会の検証
熊本地震直後の2016年7月に国土交通省が設置した「立野ダム建設に係る技術委員会」は、わずか3回の会合で、同省の「立野ダム建設は技術的に可能」との見解をそのまま認めてしまいました。7名の委員は熊本県外の人ばかりで、国交省から天下った人もいます。国交省が選んだ委員が、国交省の見解に異議を唱えるわけがありません。国交省は、そのような技術委員会の見解を「錦の御旗」に立野ダム建設を推し進めました。仮に立野ダム本体建設が「技術的に可能」でも、まわりの地盤が壊れたらダムは機能しなくなるし、非常に危険であることは明らかです。
(5)河川改修で白川の流下能力は大幅に向上
2012年7月の九州北部豪雨で浸水被害を受けたのは、未改修の箇所だけでした。その後、河川改修や遊水地の設置が進み、九州北部豪雨クラスの大洪水が来ても白川はあふれない川になりました。
国土交通省が情報開示した資料によると、改修前と比べ白川の各地点での洪水を流せる流量が毎秒1000~2000トンほど増えています。一方で、立野ダムの洪水調節能力は、ダムが計画通りに機能しても、わずか毎秒200トンです。
国の計画では、立野ダムと黒川の遊水地群で毎秒300トンの洪水調節を行うことになっていますが、阿蘇市に設置された小倉遊水地だけでそれ以上の洪水調節能力があると考えられます(国交省は情報開示請求しても小倉遊水地の洪水調節能力を明らかにしません)。
さらなる改修や遊水地の増設、田んぼダムの整備、流域の山林や阿蘇の草原の保全など、流域全体で保水力を上げるべきです。
(6)国立公園の特別保護地区を破壊
立野ダムは、阿蘇くじゅう国立公園の36ヘクタールもの広大な自然や、世界ジオパークに認定された阿蘇・立野峡谷の地質遺産を破壊し、水没させます。立野ダムとその水没地は、現状変更行為が許されない阿蘇くじゅう国立公園の特別保護地区にあり、洪水時は国の天然記念物である北向谷原始林の一部も水没します。にもかかわらず、環境アセスメントすら実施されていません。立野ダムにより下流への砂礫の供給が止まることや濁水の長期化により、下流の白川や有明海までの自然環境は大きなダメージを受けます。世界文化遺産登録を目指す阿蘇にとって、立野ダムはあってはならないものです。
↑立野ダム本体予定地右岸の立野溶岩の柱状節理(ここにダム本体が造られたので、全て破壊され、永久に見ることができません)
熊本地震により、立野ダム建設現場の復旧や土砂崩壊対策工事等に膨大な国費が投入されたにもかかわらず、国交省は立野ダムの総事業費917億円(平成24年現在)を見直そうとはしません。熊本県の負担はその3割、275億円(県民一人あたり1万5000円)です。立野ダム建設に総額いくらかかったのでしょう。今後は毎年、膨大な維持管理費もかかります。
(8)説明責任を果たさぬ国土交通省
2012年の立野ダム事業審議会に伴う公聴会では、発言した30名の住民が全員、立野ダムに反対もしくは疑問の声を上げました。多くの住民が立野ダム建設について知らされていない中で、住民は立野ダム説明会の開催を何度も求めてきましたが、国交省は一度も開催しませんでした。
また、これまで住民が提出した9通の公開質問状に全く回答しませんでした。国交省は「ホームページで丁寧に説明している」との姿勢ですが、ホームページ上の国交省の見解は、住民が出した質問に対して肝心な点には全く答えていません。これでは説明責任を果たしていません。
国交省が住民のため、未来のために立野ダムを造ろうというのならば、なぜきちんと説明や回答をしなかったのでしょうか。住民にとって極めて重要な問題であったにもかかわらず、情報の周知さえなされぬままに立野ダムを建設したことは、熊本の将来にとって大きな禍根を残すことになります。
(2024年9月更新)
↓立野ダム問題の要点を12分の動画にコンパクトにまとめました。ユーチューブで見られます。是非ご覧ください!