2005年3月17日、尺鮎裁判(漁民による事業認定取消訴訟)において、以下の意見書を提出しました。

 昨年12月2日以来の開催で、第17回口頭弁論になります。
 2001年3月の提訴からこれまで、裁判では原告適格(原告となる資格があるかどうか)についての議論に終始していました。
 今年4月からは、原告適格の拡大を目的とした行政事件訴訟法の一部改正が行われます。
 これによって、ダムによって漁業への影響を受ける原告らに原告適格があることは。もはや否定できなくなります。
 提訴から4年を経て、やっとこれから本格的な審理に入っていくことになります。

平成13年(行ウ)第4号川辺川ダム建設に関わる事業認定処分取消請求事件
原告 吉村勝徳他31名
被告 国土交通大臣

意 見 陳 述 書

                   2005(平成17)年3月17日

熊本地方裁判所民事第3部 御中

                      原告ら訴訟代理人
                      弁護士 板  井  優
                      弁護士 松 野 信 夫
                      弁護士 田 尻 和 子
                      弁護士 原  啓  章

第1 裁判所は川辺川ダム建設計画は違法であるとの判断をすべきである。

  原告適格の拡大を目的とする行政事件訴訟法の一部を改正する法律(法律第84号)が今から約2週間後の平成17年4月1日から施行される。
  旧法を前提としても,本件原告が原告適格を有することは当然の帰結であったが,原告適格の実質的拡大という明確で強い立法者意思に基づく今回の改正行政事件訴訟法9条を適用すれば,本件において,原告らが原告適格を有することはいよいよ自明の理となった。
  いわゆる伊達火力発電所関係埋立免許等取消請求事件の事案に上記改正法を適用すると,関連法規である環境影響評価法の趣旨,目的を参酌し,埋め立てによる環境の悪化によって被害を受ける周辺水面の漁業を営む者の被害等の実態も勘案することにより,請求を却下した当該最高裁判例は変更されることになろうといわれている(斎藤浩「消極判例変更の可能性」判例時報1877号20頁)。以上のとおり,改正法によれば,周辺水面の漁業を営む者であっても原告適格を有する帰結となるのであるから,いわんや,本件収用によって自己の有する漁業行使権を喪失することとなる原告らが原告適格を有することはまさに自明のことなのである。

 本件訴訟は平成13年3月に提起された。原告らは,訴状において,・事業の目的とする利水,発電についてその必要性は全くなく,治水についても,治水データーに疑問が持たれ,水害体験者はダムの放流による被害の増大に不安を持っている,・事業の公益性,公共性の充足の根拠が不十分である上,事業と引き換えにする失われる自然の公共性,公益性の比較検討がされておらず,環境調査も不十分である,・国や県の財政が破綻している現状において,多額の税金を投入することに対し,費用対効果・便益分析が不十分である,と主張した。
  このような原告の主張は,訴訟提起から4年を経た現在においていよいよその説得力を増してきている。以下,具体的に述べていくが,もはや,治水・利水・発電の目的全てがその論拠を失っており,事業と引き換えに
失われる川辺川の自然の貴重さは益々強く認識されるに至っている。国や県の財政破綻はまさに目前に迫っており,熊本県は再建団体に陥る危機に直面している状況にある。

 上記改正行政事件訴訟法の施行を目前にした今,裁判所において,本件事業の違法性を議論するに機は熟したといえる。

  裁判所におかれては,本日,実体判断へ向けた訴訟進行に移行されるのがまさに時宜を得た対応というべきである。  

第2 利水の目的は喪失している。
  本事事業認定処分を受けた川辺川ダム建設事業計画は、言うまでもなく特定多目的ダム法に基づくもので、利水・治水・電源開発・流水の正常機能の調節という4つの目的を持っている。しかしながら、電源開発はそもそもダム建設以前の発電量よりも逆に縮小される結果となっており、さらに 2004年8月に明らかになったダム建設費用を650億円増額させるという国土交通省のいわゆる塚原メモによればこの増額により電源開発は経済的に成り立た  ない可能性も指摘されている。

 2 ところで、平成15年5月30日までに国営川辺川利水訴訟福岡高裁判決が確定し、その結果、川辺川ダム建設計画の利水目的の内容たる国営利水事業は違法として取り消され、喪失した。
   その後、熊本県を総合調整役とする新利水事業が、農水省、熊本県農政部、川辺川土地改良事業組合、ダム利水推進派を自認する青年同志会の外に川辺川利水事業原告団、同弁護団も参加して発足した。この新利水事業は、「水源をダムに限定しない」、「農民こそが主人公」、「情報の共有」を前提に発足したものである。

   国土交通省は川辺川ダムを断固造るとして本件で問題となっている事業認定を同じ国土交通省に対して行い、ダム建設工事をするために球磨川漁協との間で漁業補償契約を結ぼうとしてきた。しかし、球磨川漁協は特別決議で補償協定を結ばない事を明らかにし、国土交通省はあくまでもダムを建設するとの立場から熊本県収用委員会に共同漁業権の収用裁決を求める異例の申請を行った。これにたいして、球磨川漁協の組合員らは熊本県収用委員会に、事業認定は違法であり共同漁業権の収用裁決申請の却下を求める申立を行なっていた。さらに、これらの組合員らは、平成15年5月16日に先程述べた福岡高裁判決が出された後は、ダム計画は利水目的が喪失したので計画を変更すべきで、これを変更しない以上は却下されるべきとの立場を明らかにした。

   これに対して、熊本県収用委員会では、平成15年10月27日、ダム利水の目的が喪失した以上、新利水事業でダム利水になるかダム以外の利水になるかを見極める必要があるという事で、審理を中断するとい異例の判断をした。

   その後、平成16年11月25日、熊本県収用委員会は平成17月2月から4月までに@新利水事業がダム以外の利水案に特定される時か、Aダム利水案のどちらかに決まらない場合には却下するとの方針を収用委員会での審理の中で明らかにした。その上で、熊本県収用委員会は利水事業の対象面積が縮小したときは著しい変更に当たる場合には違法として却下すると言明した。これは、熊本県収用委員会の正式の記者会見での見解表明である。まさに、これまで大型公共事業を推進してきた国土交通省からすれば異例の事ではあるが、ムダで有害な公共事業は入らないとする国民世論からすれば当然の事であった。

   その後、新利水事業において平成15年12月のアンケート調査では、ダム利水を望むものはわずか23%に過ぎないことが明らかとなり、平成16年8月のアンケートでは水を望むものは同じくわずか23%に過ぎないこと  が明らかになった。これが農家の意思である。 

平成17年3月15日新利水事業の事前協議で、国土交通省はダム以外利水案を300億円で通過させるという案を受け入れた。の案は、ダム案よりも総額で180億円も安く、さらに市町村の負担もダム案よりも安く、おそらく農家の負担も一番安い案である。その結果、ダム利水案は確実に消滅する案となった。

 国土交通省は、これまで、河川法に基づく河川法に基づく河川管理者として、新利水事業におけるダム以外利水案の水利権の許可を与えないと豪語してきた。事実、昨年の前半事前協議では、国土交通省が「始めにダムありき」の立場から農水省に押しつけた巨大な調整池を前提とするダム以外利水案が問題となった。これは、膨大な事業費を要するもので、ダム以外利水案は絶対に実現しない事が初めから明らかな案であった。しかし、農家は絶対にこれを受け入れない事を明らかにし、昨年6月、総合調整役の熊本県はダム利水案有利の案を全て棚上げするとの裁定を行った。その後、熊本県農政部がダム以外利水案を立案することになり、これを国土交通省が事前に受け入れるかどうかが最大の争点であった。

 以上述べた事から明らかなように、川辺川ダム建設計画は、利水目的を喪失し、公共性そのものをも喪失したのである。その結果要件適合性はなく違法で取り消されるべきものである。

第3 治水の目的は喪失している。
 本件事業認定に要件適合性はなく違法であり取り消されるべきは明らかとなった。本件事業認定は,土地収用法第20条各号の要件に適合しなければならず,同法第3号は,事業計画の合理性を要求している。
具体的には,当該事業によって得られる公共の利益と失われる私的利益を比較考量し,前者が後者に優越すると認められる時,事業計画の合理性は存在することになる。

 本件ダム建設は,特定多目的ダム法にもとづくものであり,『治水』『利水』『流水の正常な機能の維持』『発電』の4つの目的によるものであるが,特に,治水の目的と利水の目的は極めて重要な目的であり,治水に関しては,本件ダム建設の直接の理由であり,きわめて重要な目的である。合理性の判断においては,治水の目的が存することが大前提である。

 そこで,既に第1・6準備書面で,治水目的が喪失しており,本件事業は合理性がないということを明らかにしたところである。すなわち,本件川辺川ダムは,昭和40年の大雨を基準にすれば,ダムによる洪水調整はわずか12時間しか出来ず,むしろ,過剰放流による危険性が増すのであり,そもそも球磨川の治水対策は,上流・中流・下流の流域に応じ総合的に成されなければならないものであって,はじめにダムありきの発想は以下のとおり,流域の実情を無視したものである。

  治水目的は球磨川の全てで喪失している
  (1) 人吉より上流域
  ダム以外の治水対策として,『緑のダム』の検証が,現在国土交通省と住民グループとの共同で,森林保水力の検証中である。
 ちなみに,平成16年の台風18号通過時の観察結果によると,測定時間中の降水量は約350ミリ,斜面からの集水量は,自然林が,約35リットル,放置人工林は5・4倍の約190リットルであった。また,台風21号に会わせた2回目の測定では,約140ミリの降雨で,自然林の集水量は1リットル未満,放置人工林は50リットルであった。すなわち,保水力は自然林は人工林の約5倍との結果が出た。
 現在は,まだ,データの収集段階であるが,ダムの代替案として,「緑のダム」が十分に検討されるべきであり,そのことなしにダムの必要性が判断されるべきではない。

  (2) 中流域(人吉)
 中流域の治水対策は,堆積した河床土砂の浚渫や河床の掘削,堤防の完成によって洪水の防止は出来る。
人吉地域で大雨時冠水地域が出るのは,球磨川の上流域が堤防で囲まれたために,河川の幅に封じ込められた流水か一気に流下した結果,改修が未完成の人吉地区の一部の地帯である。堤防の継ぎ足しも国交省が主張するような数メートルの継ぎ足しは不用である。もともと球磨川の河川改修計画がありながら,ダム建設のために棚上げされている現状である。これを確実に実行さえすればほぼ人吉の洪水問題は解決するのである。
 確かに,洪水でたびたび問題となるのは,人吉市内より下流の球磨村・芦北町の球磨川流域であるが,これは,瀬戸石ダム,荒瀬ダムでせき止められた河川流量の上昇によるもので,この地域は,川辺川ダムができたとしても冠水する地域である。洪水対策はダム以外に拠らざるを得ない。

  (3) 下流域
 下流域は萩原堤防で洪水は防止できる。このことは,住民討論集会で,九州整備局も認めているところである。したがって,萩原堤防の強化策は必要となっても,下流域(八代)の洪水対策に,川辺川ダムは不用である。

  (4) 以上のように,球磨川流域の治水対策は,上流域では「緑のダム」,中流域は,河床の堆積物の除去と一部の河床掘削,一部の堤防強化と内水排水のためのポンプの整備,下流域は萩原堤防で対応すれば十分であり,もはや,治水対策に川辺川ダムは必要ない。
 したがって,本件川辺川ダムの治水目的は喪失しておりにおける,件事業の合理性は既になく,取消しを免れないのである。

以 上





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