2004年12月2日、尺鮎裁判弁論において弁護団より以下の意見書が提出されました。


平成13年(行ウ)第4号川辺川ダム建設に関わる事業認定処分取消し請求事件
原告 吉村勝徳他31名
被告 国土交通大臣

意 見 書

2004年12月2日

熊本地方裁判所民事第3部御中

原告ら訴訟代理人    
弁護士 板  井  優
弁護士 松 野 信 夫
弁護士 田 尻 和 子
弁護士 原  啓  章

第1 本件訴訟の経緯

 本件訴訟は、平成12年12月26日に建設大臣が川辺川ダム建設に関わる事業認定処分をしたことに対し、原告らがその処分の取消しを求めて提訴したものです。

 では、原告らはどうして裁判を提起したのでしょうか。

 そもそも川辺川ダム建設事業計画は、昭和41年7月3日に建設省が計画を公表したときから始まったもので、今日までに38年も経過しているものです。そして、昭和43年には利水事業が付け加わった多目的ダム事業として計画が拡大されており、それからでも36年が経過しています。

 昭和51年3月30日、建設省は川辺川ダム基本計画を告示しました。当時の予算額は350億円でした。その後、平成10年6月9日、建設省は川辺川ダム建設事業変更計画を告示しました。この段階で、事業費は2650億円と大幅に増加しました。

 しかし、この川辺川ダム問題をめぐっては、目的の一つである電源開発は経済的な費用対効果そのものがそもそも成り立たず、かんがい用の利水目的についても、平成8年6月26日肝心の農家から国営利水事業変更計画を求める裁判を提起され、2200名の農家が加わりました。さらに、治水目的についても、多くの疑問が出されていました。

 そこで、建設大臣は、土地収用法を発動して、起業者として、強権的にダム建設を強行しようと平成12年9月29日土地収用法に基づく川辺川ダム建設事業変更計画につき事業認定の申請を、事業認定庁たる建設大臣に行いました。

 しかし、平成13年2月28日、球磨川漁協総代会は国の漁業補償案を特別決議で否決しました。さらに、同年11月28日、球磨川漁協総会も特別決議で国の漁業補償案を否決しました。

 ところで、平成13年11月5日川辺川研究会は「ダムがなくても治水は可能」とする報告書を発表し、堤防や川床の掘削などで対応できるのではないかとの県民の疑問が大きく出されるに至った。

 こうした中で、熊本県知事から、県民に対する国土交通大臣の説明義務が十分に果たされていないとの指摘を受けて、平成13年12月9日から住民討論集会が始まりました。この第1回の住民討論集会では、国土交通省の担当者から八代地区では治水対策は堤防の強化で十分とする趣旨の発言も出されました。

 にもかかわらず、平成13年12月18日、国土交通大臣は熊本県収用委員会に球磨川の共同漁業権などの収用裁決申請を行ったのでした。

まさに、国土交通省は「始めにダムありき」の立場から、問答無用に収用裁決申請を行ったのです。


第2 国土交通省の応訴態度の不当性

 国土交通省は一貫して本件訴訟で、川辺川ダム建設事業再変更計画の違法性が審理されることを拒絶してきました。そのために、本件訴訟においては、実態審理に入ることなく、無駄な時間が過ぎています。

 国土交通省がそのために用いた道具は原告ら球磨川漁協組合員に原告適格がないとするものです。しかし、原告らはこうした屁理屈が通用しないことをこれまで余すところなく明らかにしてきました。加えて、平成15年には、国自らが、行政事件訴訟法の原告適格条項をも含めて拡大する方向で改正してきました。要するに、国が行ってきた「寄らしむべし、知らしむべからず」式の対応を国自身が放棄したのです。

 国土交通省の不当な応訴態度は国すらも許さないものでしかありません。


第3 川辺川利水訴訟福岡高裁判決の確定とダム計画

 1 裁判所での動き

 平成15年5月16日、福岡高等裁判所は国営川辺川利水事業再変更計画を違法として取消し、同月19日農林水産大臣はこれを受け入れ、控訴を断念する談話を出しました。そして、同月30日を経過して、歴史上始まって以来、司法の判断に行政が任意に従い、国の大型公共事業がとまりました。

 私たちは、「利水がコケたらダムもコケる」として、国営利水事業が消滅した以上、川辺川ダム建設事業再変更計画は公益性を判断する上で決定的なかんがい用の利水目的を喪失したのであるから無効であり、仮にそうでないとしても違法として取り消されるべきであると主張してきました。しかしながら、先ほども述べたように国土交通省は本件訴訟でそのような実態審理をすることを拒否し続けています。

 2 収用委員会の動き
    
    ところで、熊本県収用委員会でも同じ問題が発生していました。

 球磨川漁協の漁民らは権利を主張する者として、国営川辺川利水事業変更計画が消滅した以上、収用委員会は収用裁決申請を却下すべきと主張しました。

 その一方で、平成15年6月16日、利水問題をめぐっては、利水訴訟原告団・弁護団も加わった新利水事業策定のための事前協議(熊本県が調整役、九州農政局、熊本県農政部、川辺川総合土地改良事業組合、開発青年同志会も参加)が発足しました。もちろん、この事前協議は「始めにダムありき」の立場に立ったものではありません。「情報の共有」「農家こそが主人公」を掲げる住民参加だけでなく住民決定の立場に立ったものです。

 こうした中で熊本収用委員会は、平成15年10月27日の審理において、新利水事業がダム利水になるか、非ダム利水のどちらになるかということを待った上で審理を再開したいとして、当分の間審理を中断するとしました。その際のメドとしては、今年の4月から6月ということでした。

 しかしながら、新利水事業の策定作業は今年6月以降も行われました。

 その後、農水省は収用委員会からの照会に対して今年10月ころにはメドがつくであろうとの回答を行ないました。そして、熊本県収用委員会はこれを踏まえて今年11月25日に審理を再開すると関係者に通知しました。

 しかしながら、今年11月25日の収用委員会の審理の席上で、国土交通省は、新利水事業でどのような利水案が策定されるかどうかもまだ定まっていないばかりか、そもそも第5回意見交換会がいつどのように開催されるかどうかも明確ではない、ということを認めざるを得ませんでした。国土交通省にあてた農水省の回答そのものが計画策定の時期について触れていなかったのです。

 私たちは、これまで本件川辺川ダム建設事業にかかる共同漁業権収用裁決申請問題で、このまま収用委員会の審理がいつまでも中断することに対して、絶対に許すことは出来ない、と考えてきました。

 すなわち、国土交通省の態度は、ある乗客が同じバスに乗っている友人が一寸用事を済ませてくるのでしばらくバスをそのまま停留所に待たせてくれ、と言っているようなものであることは、私たちが、これまでに何度も述べてきたところです。その上で、私たちは、国土交通省が本件審理を短時間ならともかく、長期間待たせるのはあまりに横暴だと批判しました。

 ご承知のように、この横暴な乗客が国土交通省であり、その友人が農水省で、バスの運転手が熊本県収用委員会で、他の乗客たちが収用される共同漁業権の権利者である漁民たちです。もちろん、友人である農水省が済ましてくると言っている用事とは『新利水事業』のことです。しかも、この横暴な乗客は、例えて言えば、交通局のお役人で「バスは時間通りに運行しなければならない」という規則を作っている者です。にもかかわらず、この横暴な乗客は、自分たちにはその「規則」は関係ないとして時間通りの運転をすることを妨害しているのです。これは、公務員の職権濫用罪にあたる行為とも言えるのではないでしょうか。

 ところで、一般に収用委員会が審理をする際に従う土地収用法は国土交通省の所管です。そして、国土交通省は、平成13年に改正された土地収用法では、収用手続きを円滑に進めるには収用裁決申請をしてから2年以内に裁決が出ないといけないとしてきました。

 起業者である国土交通省が収用裁決申請をしたのは、平成13年12月で、当時の新聞報道では、3ヶ月で収用裁決が出るという見通しも示されています。しかし、現実はそうはなっていません。そして、平成16年11月25日には約3年になるのです。最早、現在の状態は、国土交通省の言う2年以内の審理・裁決ということにも大幅に反しています。

 これに対し、熊本県収用委員会は、来年春ころ(具体的には2月ないし4月)に、ダムを水源とする利水事業が出来なかった場合には直ちに、さらに、ダムを水源とする利水計画を立てたがなかなか手続きが進まない場合に、収用裁決申請を却下するとの方向を明らかにし、仮に国土交通省が川辺川ダム再変更計画を立てても利水計画の縮小変更がある場合に「著しい変更」にあたると判断したときには収用裁決申請を却下するとの態度を表明しています。

 これまでの新利水事業策定にかかる意見交換会で3回にわたりアンケート調査が実施されました。特に、昨年12月の第3回意見交換会で行われたアンケート調査では、新利水事業でダム利水を望むものはわずか23%程度に過ぎないことが明らかとなりました。要するに、この時点で、ダム利水で3分の2以上の同意を得ることは最早完全に有り得ないことになったのです。しかしながら、農水省は国土交通省の後押しを受け、第4回事前協議で、アンケート調査結果を無視して、ダム利水優位の水源案を強行しようとしました。しかし、こうした「始めにダムありき」の強引なやり方は農家の厳しい批判を浴び、結局ダム利水優位の水源案は棚上げとなりました。

 その上で、この第4回意見交換会では、水源案ではなく利水需要が問題となりました。しかしながら、この意見交換会に参加した農家は下図の通りで2割以下という有様でした。さらに、第4回意見交換会では利水需要についてのアンケート調査が行われましたが、このアンケート調査の回答率は83%であったにもかかわらず、水を望む農家は23%くらいに過ぎないことが明らかとなりました。

その結果、利水訴訟原告団・弁護団は、アンケート調査結果を重視して3分の2以上の同意を取れる可能性のある地域は546ha程度でしかないことが明らかとなった、と指摘しました。これに対して、行政側は1378haを概定地域として作業を進めるとしましたが、これは農振地域と県営畑総優先的に付け加えた結果であり、利水訴訟原告団・弁護団としては同意しておらず、調整役である熊本県が裁定したものです。

       
(時期) (会場数) (参加者数) (アンケート結果)
第4回意見交換会 04年7/3〜7/16 42 937人
水田16.5%
畑 22.2%
アンケート実施83%提出
農家同士の話合い 04年7/6〜7/31 55 731人
(17.7%)
 
     

第3 国土交通省は、熊本県収用委員会で収用裁決申請を却下される前に、収用裁決申請を取下げるべきです。その結果は、本件訴訟で問題となっている事業認定自体も事実上取り下げることになります。

 すでに述べたように、新利水事業でダム利水案が採用される見通しは現実的には存在しません。現在行われているのは、非ダム利水案の策定作業であり、国土交通省の水利権問題などを口実にした妨害のために延々と遅れているものです。

 国土交通省は、今年8月に川辺川ダム建設事業費を約650億円増額して約3300億円とする方向を明らかにし、再変更計画を策定するとしています。

 したがって、国土交通省は、現在、@昨年5月16日の福岡高裁判決の確定、新利水計画策定作業でかんがい用の利水目的が脱落することが明確になっていること、Aダム建設事業費を約650億円増額する予定であることなど、平成10年のダム建設事業変更計画を再変更せざるを得ない状況に直面しています。加えて、B電源開発に関する利水目的に関してもダム費用の増額との関係で国土交通省自らが経済的に成り立つかどうか疑問を持っている状態でもあります。

 さらに、C現在、熊本県では川辺川ダム建設事業目的のうちの「治水」についても国交省が県民に対する説明義務を尽くしていないとして住民討論集会が開催されています。そして、この中でも、八代市関係については堤防を強化することで治水対策が可能であり、人吉市については河床の掘削などでの治水対策の必要性が指摘されています。しかも、人吉市と八代市の間の中流域はダムを建設しても水害は防げないことは国土交通省自らが熊本県議会関係者に言明しているところです。現在、森林の保水力(緑のダム問題)で調査が行われていますが、国土交通省が積極的に協力しないという中で、ここでも調査の遅れが指摘されています。要するに、国土交通省はダム建設の「治水」目的についても到底県民に対する説明義務を尽くしたと言える状態ではありません。

 こうした事情を踏まえると、国土交通省が収用裁決申請を取り下げた上で、どうしてもダムを建設したいのであれば、改めて再変更計画を策定して県民の信を問うのが本来すべきことではないでしょうか。

 私たちは、国土交通省がそのような立場に立つことがあるべき姿であると考えていますので、国土交通省が収用裁決申請を取り下げたのであれば歴史的英断であると本当に高く高く評価するものです。

 しかし、どうしても国土交通省が収用裁決申請や事業認定を取り下げずそのままにした上で、かつ利水目的を下ろした上で事業費を増大させた変更計画案を収用委員会に持ち込んで、収用裁決を迫るのであれば、その時こそ憲法の三権分立制度の立場から司法が行政を厳しく断罪する川辺川ダム建設事業再変更計画を違法として取り消す歴史的な判決を永松コートが下されるであろうことを心から期待するものです。