国土交通大臣起業「1級河川球磨川水系川辺川ダム建設工事及び
これに伴う付帯工事」にかかる土地収用案件(熊収13第9、第10案件)

                      2005年5月29日
熊本県土地収用委員会
会長  塚本 侃 殿

            意見書(45)
 
              権利を主張する者毛利正二代理人
              弁護士    板  井  優
              弁護士    松 野 信 夫
              弁護士    田 尻 和 子
              弁護士    原  啓  章
目  次
 本文 1〜11頁
 新利水計画策定にむけた事前協議の経過(資料1)12〜17頁
 計画策定までの流れについて(資料2) 18枚
 意見陳述書(資料3 尺あゆ裁判関係) 19〜23頁
 第1準備書面(資料4 尺あゆ裁判関係で国提出分)24〜31頁

 

第1 はじめに
   国土交通省(旧建設省)が、治水目的のために現在の川辺川ダム建
設計画を明らかにしたのは1966年7月3日である。そして、19
68年には、利水目的を付け加えた特定多目的ダム法に基づくダムと
して位置づけられた。そして、1976年に、旧建設省は川辺川ダム
建設基本計画(本体工事350億円)を告示し、さらに、1998年
に同変更計画(本体工事2650億円)を告示した。
 そして、国土交通省(旧建設省)は、2000年12月26日、川
辺川ダム建設事業変更計画について土地収用法に基づき事業の認定
をした。
 そして、国土交通省は、2001年12月18日、本件収用裁決申
請を行い、同月25日、熊本県収用委員会に受理された。
しかしながら、収用委員会は2003年10月27日、新利水事業
の策定まで審理を中断するとした。その際の目途としては2004年
4月から6月ということであった。しかし、その時期までには審理は
再開されなかった。その後、起業者から2004年10月には新利
水事業が策定されるとの報告を受け、同年11月25日、再開された
収用委員会は、起業者に対し「遅くとも来年春までには、新利水計画
の概要を示していただきたい」(第21回収用委員会審理録18頁)
「『春頃まで』・・・その真意が、例えば6月とか、8月とか、そんな
ことは到底考えていません」と言明した。
 そして、2005年5月31日期限ぎりぎりの本日、当初の収用裁
決申請からすれば3年半、中断されてからは1年7ヶ月ぶりに収用委
員会は再開されたのである。

第2 収用委員会は本件収用裁決申請を直ちに却下すべきである。
 1 収用委員会は直ちに判断を下すべきである。
私たちは、本件収用裁決において、これ以上の審理の中断は最早絶対
に許されない、と考えている。
収用委員会は昨年11月25日に審理を行い、前記のとおりの見解
を明らかにした。しかしながら、現在の時点で新利水事業の概要は示
されておらず、事前協議は進行中でしかない。したがって、収用委員
会が実質審理を行うことが出来ない状態にあることは依然として明ら
かである。
 収用委員会は、2004年11月25日、今後の進行に関して次の
とおり言明している。
 @「その時期までに新利水計画の概要が判明しているのであれば、
それを踏まえてダム事業計画を変更する必要があるかどうかの対応
方針も含めて意見を伺うつもりであります。」
 A「また、逆にその時期までに新利水計画が示されず、ダム基本計
画を変更すべきか否かも確定していないということであれば、その状
況を前提に、収用委員会としての判断を示したいと考えております。」
(以上、上記審理録18頁)
そこで、現時点では、新利水計画が示されていないのであるから、
上記Aの場合にあたる。
 したがって、私たちとしては、本書でもって、上記Aのとおり収用
委員会の判断を強く求めるものである。
 2 収用委員会は、本件収用裁決申請を直ちに却下する裁決を下す
べきである。
 新聞報道などによると、熊本県収用委員会はこれまで記者会見で、
川辺川ダム建設事業計画から利水目的が脱落した場合、さらに一定の
期間内に速やかに再変更計画を立てない場合に、収用裁決申請を却下
するとの方向を明らかにし、仮に国土交通省が再変更計画を立てても
利水計画の縮小変更がある場合に「著しい変更」にあたると判断した
ときには収用裁決申請を却下するとの態度を表明している。
私たちは、2004年11月25日の収用委員会に提出した意見書
(44)3頁でこれと同様のことを述べた。これに対し、収用委員会  
は、今年の「春頃まで」期限を最終的に猶予したのである。したがっ
て、以上の事実関係に照らせば、収用委員会としては、本件収用裁決
を却下する裁決を下す以外に道はないこととなる。
この点に関して、私たちは、別紙3のとおり、収用裁決申請を却下す
る理由を補足する。

第3 今後の新利水事業とダム事業再変更計画が示されるまでの関係
 1 九州農政局の願望
九州農政局長は、平成17年5月24日、九州地方整備局長に対し、
「新利水計画の概要等について(回答)」を示して、その3頁の第7
項で次のように述べている。
   「 川辺川ダム事業計画とも関係する水源計画は、6〜8月に
行う変更計画概要の提示、取りまとめの中で、用水計画、施設計画等
とをあわせて策定する予定です。その後、8〜9月には概要公告を行
って、この秋には関係農家の同意を徴収することとしています 」
   しかしながら、これは九州農政局の単なる願望に過ぎない(事
前協議に出された平成17年4月新利水計画策定にかかる今後のスケ
ジュール等(案)参照;起業者の意見書別紙2)。
   2005年5月15日の事前協議で出された「計画策定までの
流れについて」ではそのような期間は記入されていない。むしろ、注
で「平成17年5月15日時点の予定であり、今後変わる場合があり
ます」とされている。
   九州農政局のこうした見通しが不正確であったことは、これま
でいくつもあったことである。
 2 今後考えられる問題点
   現在、第5回事前協議が行われている(別紙1「新利水計画策
定に向けた事前協議の経過」)。そして、これを受けて第5回意見交
換会・集落座談会が開催されるであろうが、現時点では日程は特定し
ていない。
   今回の意見交換会では、対象地域の特定に必要な事項と水源案
の特定に必要な事項についてアンケート調査がなされる。これを受け
て、第6回事前協議が持たれ、対象地域の絞込みと水源案の特定を協
議することとなる。
   この作業にどれくらいの時間を要するか、現時点では不明であ
る。
   この作業は、新利水事業が最終的には三分の二以上の農家の同
意を必要とするところ、現時点ではどの水源案もこれに達する可能性
がないと考えられているからである。したがって、その絞込みにも時
間を要することは容易に想定できる。
そこでの作業で、ダム以外利水案に確定すれば国土交通省が変更計画
の策定作業の問題となるであろう。しかし、仮にダム利水案が採用さ
れても直ちにダム事業再変更計画の策定とはならない。なぜならば、
ダム利水案の対象地域の確定(現在の案は平成6年の利水事業変更計
画3010 haから1378haに変更されている)の作業が残ってお
り、さらに、土地改良法上の同意取得手続きが残っているからである。
これで三分の二以上の同意が取れて初めて利水計画が確定するのであ
る。そもそも、平成15年5月16日の福岡高裁判決はダム利水を前
提にした計画を違法として断罪したものであり、今回は対象地域の縮
小を前提にしているが、当然難航が予想されているからである。これ
を受けないと、ダム建設事業の再変更計画が策定できないことは明ら
かである。
しかしながら、この時期は、先に述べた「平成17年4月新利水計画
策定にかかる今後のスケジュール等(案)」では平成18年2月とさ
れているのである。
要するに、現時点ではダム計画の再変更計画が出されるまでには、ど
んなに早くとも平成18年2月以降であることは明らかである。
 3 いずれにせよ、新利水計画の策定作業についての見通しについ
ては事前協議の総合調整役である熊本県に聞くのが一番正確であろう。
第4 国土交通省は、本件収用裁決申請却下される前に、本件申請を
直ちに取り下げるべきである。
   現在進行している新利水事業でダム利水案が採用される見通し
は現実的には存在しない。現在行われているのは、ダム以外利水案の
策定作業であり、国土交通省の水利権問題などを口実にした妨害のた
めに1年半近く遅れているものである。
   ダム以外利水案(300億円)は、ダム利水案(490億円)
に比較して、@総事業費で190億円も安く、A工期の点も3年2ヶ
月から5年2ヶ月と早く、B農家負担額は同じという方向となっている。
   国土交通省は、昨年8月に川辺川ダム建設事業費を約650億円増
額し、約3300億円とする方向を明らかにし、再変更計画を策定すると
している。
   したがって、国土交通省には、@昨年5月16日の福岡高裁判決
の確定、新利水計画策定作業でかんがい用の利水目的が脱落するこ
とが明確になっていること、Aダム建設事業費を約650億円増額する
予定であることなど、平成 10年のダム建設事業変更計画を再変更せ
ざるを得ない状況に直面している。
加えて、B電源開発に関する利水目的に関してもダム費用の増額と
の関係で国土交通省自らが経済的に成り立つかどうか疑問を持って
いる状態でもある。
   さらに、C現在、熊本県では川辺川ダム建設事業目的のうち
の「治水」についても国交省が県民に対する説明義務を尽くしてい
ないとして住民討論集会が開催されている。そして、この中でも、
八代市関係については堤防を強化することで治水対策が可能であり、
人吉市については河床の掘削などでの治水対策の必要性が指摘され
ている。しかも、人吉市と八代市の間の中流域はダムを建設しても
水害は防げないことは国土交通省自らが熊本県議会関係者に言明し
ているところである。現在、森林の保水力(緑のダム問題)で調査
が行われているが、国土交通省の積極的に協力しないという中で、
調査の遅れが指摘されている。要するに、国土交通省はダム建設の
「治水」目的についても到底県民に対する説明義務を尽くしたと言
える状態ではない。
   こうした事情を踏まえると、国土交通省が本件収用裁決申請
を取り下げた上で、どうしてもダムを建設したいのであれば、改め
て再変更計画を策定して県民の信を問うのが本来すべきことである。
   私たちは、国土交通省がそのような立場に立つことがあるべ
き姿であると考えているので、国土交通省が本件収用裁決申請を取
り下げたのであれば歴史的英断であると高く高く評価するものであ
る。
 第5 国土交通省の意見書について
  1 起業者は、平成17年5月27日の意見書を九州農政局のスケジ
  ュール等を考慮して地元の取り組みを尊重するという起業者の対応
  にご理解を頂きたい、と締めくくっている。
 しかしながら、現在の事態は次のとおり、国土交通省が自分の都合
を傍若無人に押し付けているものに他ならない。
私たちは、本件川辺川ダム建設事業にかかる共同漁業権収用裁決申
請問題で、このまま収用委員会の審理がいつまでも中断することに対
して、絶対に許すことは出来ない。
すなわち、国土交通省の態度は、ある乗客が同じバスに乗っている
友人が一寸用事を済ませてくるのでしばらくバスをそのまま停留所に
待たせてくれ、と言っているようなものであることは、私たちが、こ
れまでに何度も述べてきたところである。その上で、私たちは、国土
交通省が本件審理を短時間ならともかく、長期間待たせるのはあまり
に横暴だと批判した。
 ご承知のように、この横暴な乗客が国土交通省であり、その友人が
農水省で、バスの運転手が熊本県収用委員会で、他の乗客たちが収用
される共同漁業権の権利者である漁民たちである。もちろん、友人で
ある農水省が済ましてくると言っている用事とは『新利水事業』のこ
とである。しかも、この横暴な乗客は、例えて言えば、交通局のお役
人で「バスは時間通りに運行しなければならない」という規則を作っ
ている者である。にもかかわらず、この横暴な乗客は、自分たちには
その「規則」は関係ないとして時間通りの運転をすることを何度も何
度も妨害しているものである。これは、公務員の職権濫用罪にあたる
行為とも言えるのである。
ところで、一般に収用委員会が審理をする際に従う土地収用法は国土
交通省の所管である。そして、平成13年に改正された土地収用法では、
収用手続きを円滑に進めるには、収用委員会の審理は長いものでも7
ヶ月程度にまで短縮し、さらに収用裁決申請をしてから明渡期限まで
2年程度までに短縮する効果があるとされているところである(「完
全施行版Q& A土地収用法平成13年改正のポイント」12ないし14
頁、監修=国土交通省総合政策局土地収用管理室)。
起業者である国土交通省が収用裁決申請をしたのは、01(平成1 3)
年12月で、当時の新聞報道では、3ヶ月で収用裁決が出るという見通
しも示されている。しかし、現実はそうはなっていない。そして04
(平成16)年 11月25日には約3年になるのである。最早、現在の状態
は、国土交通省の言う7ヶ月程度の審理ということにも大幅に反して
いるものである。現時点では、少なくとも審理が始まってから  
でも、3年2ヶ月以上が経過している。要するに、立法者が予定して
いる4.5倍強の遅れである。2003年10月27日の審理の中断時
点からしても、1年7ヶ月であり、約2.5倍経過している。これは、
民法の公序良俗違反でも通常の4,5倍の開きがあれば問題にしてい
るところからしても著しく遅延していることは明らかである。
2 ところで、尺あゆ裁判の参加人となろうとしている国は、第1準
備書面で、@土地収用法47条2号に関連して、平成15年10月27
日の収用委員会で、現時点では、収用裁決申請の却下要件に該当しな
いと判断した。A利水判決があったから本件事業の利水目的が消滅す
るものではなく、事業計画の変更が認められている現行法の下では、
現時点では、起業者に事業計画を変更するかどうかの判断が求められ、
新利水計画の内容を踏まえ変更する必要があるかどうか、その検討を
余儀なくされている。B国土交通省がダム建設事業再変更計画を出さ
ない現時点で、法47条二号の「著しい変更」に当たるかどうかを
収用委員会が判断することは起業者に認められている事業計画の変
更権を無視することになる。Cしたがって、収用委員会としては、
審理が著しく遅延しない限りは、本件事業計画が変更されるか否か、
変更されるとしてどのように変更されるかが確定した時点で、初め
て「著しい変更」に該当するか否か判断することになる。Dしたが
って、現時点では却下要件に該当しない、との主張を行っている
(7,8頁)。
  上記見解については、当然、国土交通省も同じ見解であること
は、同日の弁論での国土交通省指定代理人も、「参加」について特
に意見がないとしたところから明らかである。
この国の見解でも、上記Cで、「審理が著しく遅延しない限りは」
と限定しているように、収用委員会として「審理が著しく遅延して
いる」と判断した場合には、当然却下要件を満たしており、却下で
きるという見解である。
そして、現時点では、審理が著しく遅延していることは、これま
で述べてきたところから、明らかである。
 要するに、現時点では、@法47条本文「その他この法律の規定
に違反するとき」に該当するとして却下できる。これは、本件収用
裁決申請を求めている川辺川ダム事業計画が特定多目的ダム法によ
るものであるところ、国営川辺川利水事業変更計画が確定判決で取
り消された結果、新利水計画の策定結果いかんでは本件ダム計画の
事業変更が必要であり、そのために審理を中断している。そして、
現在の時点まで、その見通しが分からない状態であるから、少なく
とも本件審理の対象が特定していないことに関係者の意見は一致し
ている。そして、収用委員会はこれまでに2度も十分なる時間を与
えて起業者に変更を考慮する時間を与えたのである。行政実例とし
ても、「土地調書に関係人の権利の表示、署名押印等が欠けている
ときは、却下の処分ができる」(昭和31年8月9日計画局総務課
長回答)とされている同じような事例がある。
 さらに、現時点ではA法47条二号の「著しい変更」にも該当す
るものである。すなわち、本件収用裁決申請の基となっている20
00年12月26日の本件事業の認定について、その違法性の判断
時期が上記同日であったとしても、従来上記認定を受けた事業計画
の「かんがい目的」が2003年5月16日の川辺川利水訴訟福岡
高裁判決が確定したことにより違法として、同利水事業が1994
年の計画公告時に遡って存在しなくなったことは明らかである。し
たがって、法律上は、事業の認定時に「かんがい目的」がないもの
として扱わざるを得ないものである。もし、国土交通省が計画変
更権に基づいてダム計画を再変更していないから収用委員会の判
断が判断できないというのであれば、認定時の事業については「か
んがい目的」が欠落しているのであるから、これと申請時の事業
計画と「著しく異なる」ことは明らかである。したがって、本件
収用裁決は却下されるべきである。
 以上の点を改めて述べ、収用委員各位の理解を求めるものである。

添付書類
1 新利水計画策定にむけた事前協議の経過(資料1)1〜6頁
2 計画策定までの流れについて(資料2) 1枚
3 意見陳述書(資料3 尺あゆ裁判関係) 1〜5頁
4 第1準備書面(資料4 尺あゆ裁判関係で国提出分)1〜8頁