2005年8月22日、尺鮎裁判に関し、原告漁民側より熊本地裁宛てに以下の準備書面を提出しました。
平成17年8月22日
平成13年(行ウ)第4号川辺川ダム建設に関わる事業認定処分取消請求事件
原告 吉村勝徳他31名
被告 国土交通大臣

準備書面

原告ら代理人
弁護士 板  井  優
弁護士 松 野 信 夫
弁護士 田 尻 和 子
弁護士 原  啓  章

熊本地方裁判所民事第3部 御中



 はじめに

 本訴において、被告国土交通省は平成17年5月26日付第8準備書面を提出した。しかしながら、被告国土交通大臣の第8準備書面は、前回の裁判で裁判所から指示された原告らのこれまでの主張に対する反論ではなく、被告国が本来御庁に提出すべき本件川辺川ダム建設事業変更計画に関する事業の認定についての適法性の一般的主張でしかない。

  被告国土交通省が、本件について、原告側のこれまでの主張になんら反論しないというのであれば、それは反論すべきものを持たないからにほかならない。

 裁量性に関する主張についての反論

 被告は, 第8準備書面第3の1,2において, 土地収用法20条3号,4号の要件判断には裁量性がある旨主張する(39頁から40頁)。

 土地収用法20条は事業認定の要件として, 1号から4号までの4つの要件を掲げている。

 ところで, 1 号要件(事業が第3条各号の1に掲げるものに関するものであること) についての判断がき束行為であることについては異論がなく(甲103, 331頁),2号要件(起業者が当該事業を遂行する十分な意思と能力を有するものであること) についての判断も, き束行為あるいはき束裁畳行為とするのが実務の大勢である(甲103,334頁)。

 3号要件(事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること) の判断については, 例えば,西大津バイパス事件(大津地判昭和58年11月28日)は「3号の要件は,その判断事項が収用制度の根幹にかかわるものであり……,しかも事業の認定が収用権の発動という国民の権利を剥奪するに至る一つの処分であることに鑑みれば, その判断はき束されているものと解するのが相当である」旨判示して, 当該判断がき束行為であると明示しているほか(甲103,347貢参照),当該判断を裁量行為としながらも, 結論的には裁量権の逸脱があり違法と断ずる裁判例はいくつも存しているのであって(例えば日光太郎杉事件東京高裁昭和48年7月13日判決外),裁判実務上,3号要件の審査は厳格になされているというべきである。
 
 4号要件(土地を収用し,又は使用する公益上の必要があるものであること)についても, その判断が裁量行為であるとの基準をとっても,行政事件訴訟法30条が規定するとおり,その裁量権の逸脱・濫用があれば当該裁量行為は取り消されるのであり,実際,当該要件の判断の審査も厳格になされているところである。

 本件における土地収用法20条の要件不適合性については従来も縷々述べたところであるが,同条の主要要件である3号要件については厳格な審査基準が実務上採用されており、 その他の要件についても上記のような審査基準がとられているのであるから,本件においても同条の審査が厳格になされるべきは当然なのである。


 適法性判断の基準時に関する主張についての反論

〔1〕被告は,第8準備書面第3の3において, 「取消訴訟における行政処分の適法性判断は,行政庁の第1 次的判断権を前提とし, 行政処分に対して事後審査を行うという本質にかんがみ,当該処分がなされた当時を基準とすべきである。」「したがって,本件事業認定の取消訴訟における事業認定の適法性判断の基準時は, 認定庁として被告がした本件事業認定時であり,本件事業認定後の事実は, 本件事業認定の違法性判断とは直接の関係がないというべきである。」「原告らは, 事業認定後の事実であるいわゆる川辺川利水訴訟判決を根拠として本件事業認定の無効を主張するが,本件事業と国営川辺川土地改良事業とはその根拠法令が異なり,また,国営川辺川土地改良事業の変更計画が決定されていなければ本件事業の事業認定ができないといった法的関係にもないことが明らかであるため,原告らの主張は根拠がなく失当である。」と主張する。

〔2〕 被告が採用する処分時説とは,「処分後に法令あるいは事実状態の変化があった場合には、まず行政庁が変化した事情に基づいて第一次判断権を行使すべきであって, これを待たずに裁判所が処分後の法令あるいは事実状態に照らして処分の達法性を判断することは,行政庁の第一次判断権を犯すものであって抗告訴訟の本質に反するものとの見解と解される(行政事件訴訟の一般的問題に関する実務的研究167頁以下参照)。

 しかしながら,仮にこの説を前提としたとしても,本件に関する被告の主張は以下のとおり失当である。

〔3〕被告が主張する「処分時」とは「本件事業認定時」すなわち,平成12年12月20日であると解される。

 被告は,本件事業の公益性に関する論点として,「ア 洪水調節」(第8準備書面20頁以下),「イ 流水の正常な機能の維持」(同3 0 買以下),「ウ かんがい」(同32頁以下),「エ 発電」(同33頁)を挙げている。

 上記のような論点に関する事実関係について, 原告は, 訴状等でこれまで詳細に主張を行ってきたものであるが, その主張は平成12年12月の段階の事実状態としても等しく妥当するものである。

〔4〕前掲の文献は,「違法判断の基準時の問題と裁判所が処分の適否を判断する際にいかなる範囲の資料を用い得るのかの問題とは区別しなければならない。後者については, 民事訴訟の一般原則に従い裁判所は口頭弁論終結時までのすべての資料を斟酌し得るのであり,処分後の事実であっても処分当時の事情を推認する資料価値のあるものは, これを処分の適否の判断資料とすることが許されることはいうまでもない。」と述べる(168頁)。
 本件においても, 原告提出の証拠資料が平成12年12月以降に作成されたものであっても, 本件処分時の事実状態を推認する資料価値があるのであれば, 当然裁判所はこれを当然に判断資料とすべきなのであって,まず,この点は本件でも十分に念頭に置かれるべきである。

〔5〕被告は,「原告らは,事業認定後の事実であるいわゆる川辺川利水訴訟判決を根拠として本件事業認定の無効を主張する」と述べる。

 しかしながら, 当該判決が認定した事実は, 平成6年2月から実施された同意取得手続きに支障等があり, 法定の同意率に達しなかったなどといったものであり, その背景事情として, 「すでに反対運動が起こっている中で,三条資格者からの同意取得を急いだため,同意の撤回やその取消し, 再取消しといった騒動が起こっただけでなく,それにはカコわらなかった同意者にも,前記錯誤主張にみられるように, 情報不足のまま周りのムードに流されて同意したもの,自身の老齢化や後継者不足を含めて自らの農業実態からすると本件変更計画には反対したい考えになった者がかなりの数にのぼる…」(同判決の説示) などと認定されていたのである。

 原告は,第1準備書面において,かんがい利用の問題点として,「受益農家4000人の半分以上が,利水事業に反対の意思を表明して裁判まで起こしている。」と主張していたが(2頁),この主張が,平成15年5月16日の福岡高裁判決によってまさに証明されたといえるのである。

 原告が福岡高裁判決を引用することはまさに, 処分時説を前提としても何ら矛盾はないのであって, 結局、被告の当該主張は処分時説の解釈を誤った失当なものと断ぜざるを得ないのである。

〔6〕ところで、被告国土交通大臣は、上記第8準備書面において、平成15年5月30日に国営川辺川利水訴訟福岡高裁判決が確定したことにより、いわゆる「かんがい」目的が欠落したことについて、「取消訴訟における行政処分の適法性判断は、行政庁の第一次的判断権を前提とし、行政処分に対して事後審査を行うという本質にかんがみ、当該処分がなされた当時を基準とすべきである」として、本件事業認定後の事情は関係がないものとしている。

 その上で、国土交通省は、判決で無効とされた川辺川利水事業変更計画は本件ダム建設事業とは「根拠法令が異なり」、また、利水の変更計画が決定されてなければ「本件事業の事業認定ができないといった法的関係にもないことが明らかである」ので、原告らの主張は根拠がないものとしている。

 しかしながら、被告国土交通省のこの見解は全く的外れである。

 まず、いわゆる違法判断における基準時の問題、すなわち、処分の後、当該処分についての判決があるまでの間に処分の根拠となった法令が改廃されたり、事実状態が変動する場合に、裁判所がいつの時点を違法判断の基準時とすべきかという問題がある。
しかしながら、少なくとも、この「かんがい」目的についての判断は処分時説か口頭弁論終結時説かとは関係のない問題である。

 結論的に言えば、次に述べるように、そもそも「かんがい」目的は処分時において存在しないものとして扱わなければならないのである。すなわち、確定判決で川辺川利水事業変更計画が取り消されれば、土地改良法上、同変更計画が公告された平成6年11月に遡って国営利水事業変更計画は消滅するものである。これを遡及効という。すなわち、法律上、最初から無かったものとして扱うというのが遡及効である。

 本件事業の認定を受けた川辺川ダム計画は平成10年に変更された計画であって、さらに本件事業が旧建設大臣から認定を受けたのは平成12年12月25日である。要するに、土地収用法上は、事業認定を受けた平成12年12月25日の時点では国営川辺川利水事業変更計画は法律上存在しないという前提で裁判所は判断しなければならないのである。すなわち、土地収用法上は、川辺川ダム建設事業変更計画の認定時の問題として裁判所で判断の対象になる。おそらく、被告国土交通省は、遡及効の法律上の意味についてよく知らないまま、違法判断における基準時を処分時説といえば通ると思ったのであろう。

 なお、利水事業は土地改良法、本件ダム建設事業は特定多目的ダム法とその根拠とする法令が異なるのは当たり前の前提である。また、利水事業変更計画が決定されてなければ、本件事業の事業認定ができないといった厳密な法的関係が問題なっているのでないこともまた当然である。

 しかし、土地収用法に基づいて、国民の権利をその意思によらないで侵害するには、土地収用法に基づいて当該事業の公共性、必要性などを前提に認定するという手続きが規定されているのである。その際に、処分庁たる国土交通大臣(旧建設省)が提出した川辺川ダム建設事業変更計画(平成10年)を、審査庁たる国土交通大臣(旧建設省)が土地収用法上の要件を満たしているのか審査し、これを満たしているとして適法であると認定をしたのである。そして、その際に、「かんがい」目的が存在するとして具体的に上げたのが、国営川辺川利水事業変更計画なのである。

 しかしながら、この利水計画が、確定判決によって、遡及的に平成12年のダム計画事業の認定時より前からそもそも存在しないということになったのであるから、これを前提に違法性判断をしなければならないのであり、裁判所の判断としては、違法性の認定時には土地収用法第20条3号、4号の要件を満たしていないことになる。

 ちなみに、平成12年の時点では、川辺川利水訴訟は福岡高裁に係属していたのであり、本件事業の認定をした国土交通大臣(旧建設省)は、この裁判に農水省が負けて判決が確定すれば、その時点で、川辺川ダム建設事業変更計画の事業の認定は違法となって裁判所で取り消されるということを当然に知っていたものである。

 そこで、本件事業の認定処分の違法性が判断されるに当たって、本件ダム建設事業が予定している「かんがい」目的に対応するかんがい事業が取消されて遡及的に消滅して存在せず、かつその後、裁判所が「かんがい」目的に対応するかんがい事業が存在するかどうかを判断する時点において存在しないのであれば、当然、土地収用法20条3号の要件(事業計画が土地の適正かつ合理的な利用に寄与するものであること)を欠き、同法4号の要件(土地を収用し,又は使用する公益上の必要があるものであること)を欠くことは明らかであり、違法と判断されることとなる。

 すなわち、本件事業認定時はもちろん現時点においても、本件川辺川ダム建設事業変更計画(平成10年)の「かんがい」目的に対応する国営川辺川利水事業計画は存在しないのであって、その限りで同法20条3号、4号の用件を欠くことはあまりにも明白である。ちなみに、現在までの新利水計画策定作業は後記第5項のとおりである。

 以上、本件では、問題になっている川辺川ダム建設事業変更計画が前提にしている「かんがい」目的が事実として存在するかどうかが判断の対象である。原告らは、「かんがい」目的の現実の内容である国営川辺川利水事業変更計画が取り消され、遡及的に消滅した結果、本件事業の認定時に「かんがい」目的が事実として存在しないことになる結果、「かんがい」目的が欠落した以上当該事業の認定は土地収用法上違法である。

 被告国土交通省の反論は、全く的外れであり、根拠がないといわざるを得ない。

 要するに、本件ダム計画の事業認定は「かんがい」目的が事実として欠如しているのであり、これを欠いた事業認定は違法であり,取り消されるべきである。

 ちなみに、参加人の第1準備書面に昭和51年の川辺川ダム基本計画の時点では、川辺川利水事業変更計画はなかったから違法性の問題は起こるはずがないかのような見解が示されている。これは、おそらく本件訴訟で問題になっているのが特定多目的ダム法に基づく違法性が問題になっているとの誤解であろうが、本件訴訟で問題になっているのは土地収用法上の事業の認定処分の違法性である。


4 なお、国土交通省の第8準備書面は、違法判断における判断の基準時を処分時とすべきとする立場からか、原告らの主張に全く反論していない。

  国土交通省は、第1回の住民討論集会で、八代市ではダムを建設しなくとも堤防により洪水を防ぐことが出来ることを自認している。これによれば、川辺川ダム建設事業変更計画は費用体効果の点でも必要性を失うこととなる。確かに、この第1回住民討論集会は平成13年12月9日に開催されているので、平成12年12月の事業の認定後に起こったことである。

  しかし、ここで、問題になっているのは、討論集会の開催日ではなく、国土交通省がそれ以前から、さらに言えば本件事業の認定以前からそのことを知っており、これを住民討論集会で認めたということである。

  「大男総身に知恵が回りかね」という言葉がある。普通の人間であれば、ちゃんと知恵が回るが図体が大きくてそれが出来ないといっているものであるが、国土交通省は、右手でやっている事業の中身が違法であることを、本来は左手で認定をしないということが出来たにもかかわらず、それをしなかったのである。

  要するに、国土交通省の第8準備書面は、事業認定時にちゃんとした審査をやれば出来たが、無為無策のためにそれをしなかった。しかし、これが当時の行政庁の限界だから問題にしてくれるな、と言っているに等しい情けない言い訳である。

  しかし、裁判所は、こうした行政の間違った姿勢を正すために憲法上司法権を与えられているのである。国土交通省の主張は、こうした法律の定めを理解していないものでしかない。

  いずれにせよ、本件川辺川ダム建設事業は少なくとも、人吉より下流である球磨川の中流域から下流の八代市に至るまで、ダム建設による治水効果がないことは明らかであり、費用対効果の点で土地収用法20条3号、4号の要件を欠くものである。


5 新利水計画策定作業は現時点でも進行中であり、利水計画がダムになるかダム以外になるか新利水計画を策定できない状況である。

 新利水計画策定作業の進行状況は、別紙「新利水計画策定にむけた事前協議の経過」のとおりである。なお、今後の新利水事業の進行は次のとおりである。

(1) 第62回事前協議

  新利水計画策定に向けて、平成17年8月10日、熊本県庁で第62回事前協議が開催された。この事前協議は、川辺川利水訴訟原告団からの熊本県地域振興部長宛に出されたアンケートの回収をめぐる公正確保委員会に対する申立に対してなされたものである。

 この事前協議では、川辺川利水訴訟原告団、同弁護団から次の意見照会がなされた。

「 平成17年8月2日付け熊日朝刊によると、南部九州農政局長は日の着任記者会見で次のとおり表明したとの報道がなされている。
   [ 国営川辺川土地改良事業(利水事業)の新計画概要を、従来の予定通り8月中にまとめるとの意向を表明した。川辺川新利水計画策定で、事業への参加などを問う農家アンケートの回収が当初予定の7月末からずれ込み、作業全体の遅れも指摘される状況に対し、南部局長は『四分の三を回収した。今月中旬には完了し、水需要を見極める』と説明。『(当初予定通り)月末には事業地域と、水源を川辺川ダムにするか取水堰にするかを決め概要を示したい』と語った。県収用委員会が国交省に新利水計画を踏まえたダム計画の方向性を示すよう求めていることについては『農水省が直接関与する話ではないが、国交省と打ち合わせていく』と話した。 ]


 しかしながら、第5回意見交換会で配布された資料番号@の「計画策定までの流れについて」では「アンケート調査」→「計画概要の素案の絞込み」○絞り込んだ水源案を示します。○総工事費、工期、農家負担金、維持管理費などを示します。○農家意向を最終確認します、とあり、南部局長のいう「概要」を示す段階ではない。

 そして、事前協議においては、これらの作業の主体が九州農政局ではなく事前協議であることは既に確認されていることである。

 したがって、九州農政局がこれらの確認を無視して、今後自らの考えで作業を進めるのであれば事前協議の合意事項を無視することであり、さらにこれを前提に国交省とも独自に打合せをするということであれば、事前協議自体を完全に否定しているものであり、私たちとしては了解できないものである。この点についての九州農政局の見解を明らかにされたい。

 これに対し、九州農政局は、「川辺川利水訴訟原告団、弁護団の指摘のとおりである」との立場を明らかにした。この点は、事前協議の参加者および総合調整役である熊本県も了解し、合意事項となった。

 そして、事前協議において、今回のアンケート調査結果を分析した上で、今後、さらに新利水計画策定の作業を進めることで了解がなされた。川辺川利水訴訟原告団、同弁護団はアンケート調査結果についての意見は、後日開催される事前協議において述べるとした。


(2)第5回アンケート調査結果と今後の事前協議の作業

  次のとおり、新利水計画策定の事前協議のその後の経過について、意見を述べる。

  新利水計画策定に関する第5回意見交換会のアンケート調査作業のうち直接関係農家を訪問する形では8月9日に終了したが、郵送によるアンケートの受付は今週中にも終了するとされている。ちなみに、九州農政局によると、8月10日現在のアンケートの集計率は87%(対象農家は4240人)とされている。その最終集計率は上記集計率と大きな変化はないであろう。

 去る8月17日付け熊本日日新聞一面ではアンケートの結果が「川辺川新利水対象農家7割参加アンケートで暫定事業区域水源はダム優勢」で報道されている。しかし、この内容は不正確であり、「ダム優勢」の見出しは誤っている。

 上記記事を読めば、7割参加はあくまでも「暫定事業対象区域」内のことである。しかしながら、これまでの事前協議で、九州農政局は、事業対象地域として農水大臣が公告にするには、8ないし9割の事業参加が不可欠であるとして事前協議で言明し、総合調整役である熊本県はもちろん、事前協議参加団体も了解してきた。その意味では、「新利水事業暫定事業地域内ですら7割の参加」というのが、これまでの事前協議の経過からすると当然の見出しになるはずである。

 そして、水源をどうするかは農家の意向を受けて客観調査の上きめるべきことであり、そもそも水の需要が判明しない以上水源の問題は問題になりえないものである。いずれにせよ、7割の事業参加者のうち7割がダムを水源とするものということになれば、49%しかないことになり、とても3分の2以上の同意はありえないこととなる。すなわち、ダム案もダム以外案もともに土地収用法に定める対象農家の3分の2を下回る結果であり、収用委員会が問題にしている新利水事業計画からダム目的が外れるかどうか、という意味ではダム案も外れる可能性が高いという結果でしかない。

 前回の事前協議での発言の中には、アンケート調査のうち対象地域から「除外してよいか」という質問に「同意する」という回答に問題がある、との指摘があった。これは、アンケートの中で、一方で事業に参加すると表明していながら他方で除外に同意するという全く矛盾したことを表明しているものがあり、これが集団現象として無視できないものとなれば、申請事業としての土地改良事業からすれば、事業が成立しない可能性があることを指摘したものである。
 
 確かに、公表された今回のアンケート調査項目には、「事業に参加する」と回答した上で、別の項目で「除外(事業に参加しない)に同意する」とも回答できる形式となっている。今回のアンケート調査では9割を超える高率で「除外(事業に参加しない)に同意する」との回答がなされているとのことである。したがって、そのように回答した農家について、今後の事前協議の作業で現実に対象地域に組み込んで計画概要の素案を作って確認をした場合に事業に参加しないという意思を表明する可能性が極めて高いと言える。したがって、このような例も含め今後、おそらく事前協議の場で正確な資料に基づいて慎重に検討されるであろう。
なお、平成15年6月16日の事前協議において、水源については農家の意向を踏まえ客観調査の上で決めるとされている。当然、今後の事前協議の中でそのように作業がなされるであろう。

 したがって、農水省が事前協議を抜きに勝手に川辺川ダムに関して、新利水計画でダム利水案かダム以外利水案である相良六藤堰案になるかについて、国土交通省に回答できることは今後の事前協議の作業状況からしても全くありえない状況である。

 ちなみに、前回8月10日の事前協議で総合調整役(熊本県)は、今回のアンケート調査を受けて、65集落さらにはそれぞれの水係りごとに水がいるかいらないかを分析した調査結果を整理した資料をまず事前協議に提出して公表してもらい、これに基づき今回の概定地域の絞込みをさらに行う必要がある、との見解を明らかにしている。

 ちなみに、土地改良法は、3分の2以上の同意があれば3分の1未満の残りの農家に負担金や水代(維持管理費)を強制的に押し付けるものであり、これらの同意しない農家との対立を不必要にあおれば土地改良事業は当然失敗するであろう。したがって、本来、事業参加者が9割から限りなく10割に近くなければ、農水大臣はその水掛りを対象地域として公告すべきでない、こととなる。

 平成17年8月17日熊本日日新聞五面の解説記事は、先に述べた同紙一面のアンケート結果は「この数字をそのまま事業区域や水源の決定に当てはめられる状況にはない」として、以下のとおりの内容で解説が加えられている。その限りでは、上記に記載した私たちの意見と大差のあるものではない。要するに、依然として、新利水計画策定作業は水源と特定するにいたらず作業をせざるを得ない状況にある、ことについてはマスコミも含めて共通の認識であるとしてよい。


 「 もともと土地改良事業は農家側の申請を受けて実施されるため、100%に近い同意を得て進むのが通常。今回の七割の参加意向は土地改良事業としては決して高くない。

 新利水計画では農水省や県は昨夏、農家への意向調査を実施。その結果を踏まえ、参加意欲の高い1378ヘクタールを暫定対象に絞り込んだ。『参加する』の七割は当然の数字で、むしろ『不参加』などが三割あったことが課題だ。

 『不参加』の農家を抱え込んだまま事業対象にすれば、いわゆる水の押し付けにもなりかねない。白紙になった従来の利水計画でも大きな問題となった。そこで参加率を高めるため集落ごとや水路ごとなどの分析をし、事業区域を検討する細かい作業が必要となる。

 一方、焦点の水源について、行政側は事業区域を確定させた上で、その区域内でダム案派と取水堰(せき)派のどちらが多いかや、費用対効果などを分析し一つに搾る方針だ。そのため『ダム希望が七割』という理由だけで水源が決定するとは言えない。

 新利水計画は、川辺川ダム建設に絡み、漁業権収用などを審理する県収用委員会にも影響を与える。県収用委員会は今月29日に審理を開くが、国交省には新利水計画を踏まえたダムの方向性を26日までに示すように求めている。しかし、アンケートの結果が見えてくるにつれ、新利水計画が抱える多くの宿題が浮かび上がる 」

としており、これが現時点の事前協議の状態であり、この後どの程度の作業と時間を要するかは不明である。いずれにせよ、川辺川ダム建設事業計画の「かんがい」目的に対応する「かんがい」事業は存在していないことは明確である。



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