2020年8月25日、熊本県庁において第1回「令和2年7月球磨川豪雨検証委員会」が開催されました。
今回の水害を受けて設置されたもので、国交省、県、流域12市町村首長による委員で校正され、今回の水害を検証し新たな治水方針を定めるとしています。

しかし、第1回目会議での国からの説明では、降雨パターンや氾濫要因の検証を行わず、川辺川ダムがあれば洪水は防げたとするものでした。
そのため、市民の間からは「川辺川ダムの必要性に結びつけるための、結論ありきの検証」「住民不在」等の厳しい批判の声が上がっています。

第1回検証委員会を受け、県民の会では、人吉や八代の住民団体とともに、8月31日に「第1回球磨川豪雨検証委員会に対する抗議と提言 〜川辺川ダムありきの検証が、流域住民の生命財産を再び危険にさらす〜」を提出しました (PDFこちら)。

このページでは、その内容を分かりやすく解説します。

前文
1. 線状降水帯の降雨の特徴とその影響を検証すること 
2.人吉地点のピーク流量8000m3/sなどの算出根拠を明らかにすること 
3.大量の流木や土砂の流入という従来型水害との違い、緊急性の高い堆砂の速やかな撤去などを検討すること 
4.地域ごとに異なる水害発生の要因を検証すること 
5.瀬戸石ダムによる影響について検証すること 
6.ダム緊急放流を含むダムのリスク面について検証すること 
7.防災のための土地利用、地域づくり、山林の視点を加えた、総合的な水害防止対策を検証すること ▼
8. 60余名もの尊い命が失われた原因を検証すること ▼
9.検証委員会へ住民参加と多様な視点からの参加、公開性を保証すること ▼


抗議

■ダムありきの検証は信頼できない。ダムと堤防で洪水を制御するという従来型治水では豪雨に対処できず再び被害を招く

  委員会の中で、国交省は、従前の考え方に基づく検証を進めようとしています。

  今回の降雨や洪水水位がこれまでの想定を大きく超えていたにもかかわらず、「川辺川ダムがあれば今回の洪水は防げた」との結論ありきで進められています。今回の豪雨の特徴等を無視し、流量算定根拠を示さず、緊急放流などダムの危険性は全く検討されていないなど、国にとって不都合な点を除外した検証であり、信頼できるものではありません。

 今回の豪雨災害は、これまでの治水の発想では、もはや水害に対応できないことを明らかにしました。今後予想される気候変動による気象現象のさらなる激甚化を考えれば、ダムと堤防で洪水を制御する従来型治水では、今回以上の被害を引き起こしかねません。

■住民不在の検証では、再び議論の長期化と混乱、対策の遅れを招く

  住民を交えず、国、県、首長のみで検証や議論を進める在り方では、水没予定地を含む流域全体に再び混乱と対立をもたらすことが懸念されます。

 かつて国交省は、住民への説明責任を果たさず、合意形成のプロセスを軽視し、流域住民の意思を無視して、国・県・首長のみで川辺川ダム計画を強硬に進めてきました。その結果、40年以上に渡り流域自治体と住民を翻弄し、流域に長きに渡る混乱と対立とを引き起こし、必要な水害対策を放置し続けました。

 そして最終的には、地域住民の民意を受けた、ダム本体建設予定地の相良村村長、ダムの最大受益地とされた人吉市市長、そして熊本県知事、国交大臣が中止表明し、ダム建設計画は破綻するに至りました。

 被災住民をはじめとする流域住民の意思を無視して、住民主体による合意形成プロセスを経ずに検証と議論を進めるならば、再び議論の長期化と混乱を引き起こし、必要な水害対策や災害に強い地域づくりがますます遅れることになります。

 以上の点について強く抗議するとともに、下記の通り検証委員会の問題点を指摘し、改善を求めます。

1. 線状降水帯の降雨の特徴とその影響を検証すること

これまでと大きく異なる今回の降雨。

なのになぜ、降雨の特徴や影響を考慮せずに検証するの?

 今回の線状降水帯による空前の降雨は、6時間雨量で200〜500ミリ、12時間雨量で300〜600ミリ、24時間雨量で400〜600ミリという、猛烈な雨を球磨川流域にもたらした。これは、従前の球磨川の治水安全度「80年に1度の降雨(12時間雨量262ミリ)」とは、大きく異なる降雨である。今回は特に、すべての支流と、球磨川中流部で激しい降雨があり、本流の流量に大きな影響を与えている。

空前の豪雨が広範囲・長時間・同時に発生するという、従来とは大きく異なる線状降水帯による降雨に対して、ダムと堤防で洪水を制御する従来からの治水では対応できないことは、今回の水害からも明らかである。

今回、線状降水帯はどの地域に発生し、その結果どの河川、どの支流に水量が集中したのか。今後も予想される、気候変動による降雨の激甚化を前提に、どう対処して行かなければならないのか。現在欠落しているこれらの検証は、不可欠である。

2.人吉地点のピーク流量8000m3/sなどの算出根拠を明らかにすること

根拠も示さずに、突然出てきた数字。

そんな数字で「ダムがもしあったら」なんて説明を、誰が信じるの?

 検証委員会での国交省の説明では、今次洪水の人吉地点のピーク流量8000m3/s やダムの効果が、どのようなデータや数値を基に、どのような手法で導き出されたか、その根拠も算出過程も明らかにされていない。8500m3/sと推定する専門家や、それ以上との指摘もある。

また、市房ダム洪水調節後のピーク流量7500m3/sや、仮に川辺川ダムで洪水調節が行われた場合の4700m3/sについても、その根拠がまったく示されないまま、唐突に数字のみが示されている。

これらの数字の正当性や妥当性が示されぬ限り、川辺川ダムにより水害は防げたという結論に導くことを前提にした、実態を踏まえぬ結論ありきのものと考えざるを得ない。

3.大量の流木や土砂の流入という従来型水害との違い、緊急性の高い堆砂の速やかな撤去などを検討すること

流域に深刻な被害を与えた、大量の土砂や流木はいったいどこから?

なぜ検証せずに進めるの?土砂撤去をなぜ急いでやらないの?

 今回の水害と過去の水害との大きな違いは、雨量や水位、流量だけではない。大量の流木と土砂が、勢いを伴って短時間に流れたことと、水位上昇が非常に速かったことも決して見逃せない。多くの護岸や道路崩落、橋脚の流失などからも明らかである。しかしこれらは、一切検証されていない。

  また、現在流域の河床、および支流との合流点には、大量の土砂・流木が堆積し、流域の河川すべての流下能力は想像以上に減少していると思われる。台風到来時期に備える観点からも、土砂撤去は喫緊の課題である。これらの緊急性の高い優先的対策の実施については、早急に検討すべきである。

4.地域ごとに異なる水害発生の要因を検証すること

これまで国が「氾濫しない」と言ってきた場所が氾濫し、「氾濫する」と言ってきた場所が氾濫しなかった。

支流も含めて、場所ごとに氾濫の要因は違うのに、どうして検証しないの?

 

 今回の水害では、流域の地点ごとに地形や降雨量、降雨パターンが異なるため、氾濫の要因は大きく異なる。にもかかわらず、それらの検証が行われていない。

 今回、小さで川、鳩胸川、胸川、山田川、万江川、小川、川内川などの支流では、早い段階から広範囲での浸水が起きている。また、支流と本流の合流点付近では、本流からの氾濫とあいまって、極めて複雑な洪水現象が起きている。

 また、国や県が実施した水害対策が役に立たずに浸水被害が起きた箇所、従来の国の説明では氾濫すると説明されていながら今回浸水被害が一切なかった箇所もあるが、これらについても詳細な要因が検証されていない。

 特に人吉から渡までの区間ではほぼ両岸が浸水し、人吉市温泉町や万江川下流、球磨村渡地区の小川河口のように、堤防が完備されていながら大きな氾濫が起きた箇所が多数あった。また、かつて川辺川ダム計画の中で国が「川辺川ダムを建設しなければ、人吉で7000?/sの降雨があった場合に必ず氾濫し、八代平野の大部分が浸水することになる」と繰り返し説明をしてきた八代の萩原堤防は、今回の水害では堤防天端まで余裕をもって流下し、一切氾濫しなかった。

 さらに今回の水害では、樋門箇所が破堤した2ヶ所のほかにも、支流を含む全流域で堤防や護岸が大規模に破壊されている。これらの検証も必要である。

5. 瀬戸石ダムによる影響について検証すること

中流にある瀬戸石ダムは、水害にさまざまな影響を与えたはず。

なのになぜまったく検証しないの?

  瀬戸石ダム近辺では、ダムにより洪水の流れが大きく阻害され、被害を拡大させたことが痕跡から推定される。何より、瀬戸石ダムの門柱や本体、また、その水面下に溜まった土砂がなければ、瀬戸石ダム地点の流下能力を倍増させたのは否定できない。瀬戸石ダムにより、ダム上流では水位が上がり、下流ではダム両側から溢れた水流が一気に押し寄せ建物や護岸を破壊しながら勢いよく流れ、被害を拡大させた。

 水門を開いていたとは言え、川の流れを堰き止める構造物である瀬戸石ダムが、水害被害拡大に影響を与えたことは自明であり、撤去を含めて検証すべきである。

6.ダム緊急放流を含むダムのリスク面について検証すること

すでに洪水が起きている中で、市房ダムは緊急放流しようとした。川辺川ダムも予想できない雨の場合は、緊急放流するしかない。

ダムの効果だけ説明して、緊急放流のリスクをなぜ説明しないの?

 氾濫した状況でのダム緊急放流は被害を増大させるが、今回の検証では「緊急放流」の危険性について、まったく検討されていない。

  7月4日早朝、熊本県は当初午前8時半から球磨川上流の市房ダムの緊急放流を開始すると発表。各報道機関は下流の住民に対し、ダム緊急放流による水位の急激な上昇から命を守るよう、繰り返し警戒を呼び掛けた。しかしその時、すでに人吉市や球磨村、芦北町、坂本町などは浸水し、被災住民は情報を得ることができない状況にあり、万が一緊急放流されていた場合、命を守る行動を取るすべはなかった。多数の被災住民が「球磨川が氾濫している最中にもしダム緊急放流をしていたら、危うく命を落としていた」「緊急放流が無くて本当によかった」等証言している。

 結果的に免れたものの、なぜ市房ダムは緊急放流しようとする事態になったのか。市房ダムによる洪水調節効果や流木捕捉効果のみが強調され、緊急放流していた場合の被害拡大については、一切検証されていない。

 また、もし川辺川ダムが存在していても、線状降水帯による今回のような豪雨が川辺川ダムの集水域を襲えばダムは満水となり、川辺川ダムが緊急放流をしていたことは明らかである。梅雨時期の川辺川ダムの洪水調節容量は、市房ダムの洪水調節容量の約10倍である。川辺川ダムの緊急放流は、市房ダム以上に下流に甚大な被害を引き起こし、2ダムの同時緊急放流ともなればその被害の大きさは想像を絶する。

 今回のような線状降水帯が、市房ダム上流や川辺川ダム予定地上流に長時間かかり続けた場合、あるいは「1000年に1度」の最大規模の豪雨に見舞われた場合、2つのダムがどのような状況になるのか。

 想定外の状況に直面したダムは、緊急放流や決壊のリスクを持つ。ダムが孕む構造的なリスクを具体的に明示し、検証する必要がある。

7.防災のための土地利用、地域づくり、山林の視点を加えた、総合的な水害防止対策を検証すること

国交省の視点や対策だけでは、命を守れないことが今回明らかになった。

なぜ、防災や土地利用、地域づくり、荒廃した山のも問題を考慮せずに進めるの?

 

 検証委員会は検証の対象とする事項を定めているが、国交省のダムによる治水の論点にとどまり、極めて限定的で、検証すべき視点が多数欠落している。

 具体的には、各地区における土地利用のあり方、災害に強い地域づくり、都市計画づくりといった、総合的な水害防止対策のために必要な視点が除外されている。また、山林への視点も欠落している。今回の水害では大量の土砂と流木が流れ、これらは上流の森林の荒廃に起因したと推察される。だが、委員会では検証すべき山林への視点は皆無である。

 従来型の治水対策では人命を守ることはできないことが、今回の水害で明らかになった。検証委員会は、球磨川水害の検証について総合的な観点に立ち、国交省が提起する以外の視点を幅広く取り入れて、検討の材料にすべきである。

8.60余名もの尊い命が失われた原因を検証すること

すでに洪水が起きている中で、市房ダムは緊急放流しようとした。川辺川ダムも予想できない雨の場合は、緊急放流するしかない。

ダムの効果だけ説明して、緊急放流のリスクをなぜ説明しないの?

 

 検証委員会においてまず検証すべきは、60名以上もの住民が、なぜ避難できず、命を落とすに至ったのかである。ハードインフラとソフトインフラとがどう機能し、あるいは機能不全になったのか、これまで実施した治水対策や避難体制にどのような問題があったのか、60余名が亡くなられた要因の検証が不可欠である。

 検証委員会での議論では、失われた命に対する検証が軽視されている。川辺川ダムがあれば、あたかもこれらの人命が守られたかのように語ることは、印象操作との誹りを免れず絶対に許されない。

  このことを肝に銘じ、60余名もの尊い命が失われた原因を検証すべきである。

9.検証委員会へ住民参加と多様な視点からの参加、公開性を保証すること

国や県や首長だけで決めるの?

住民こそが主人公。早めに知らせて、住民参加、公開性をちゃんと保証して!

 

 住民参加が欠如したまま検証が進むことを、私たちは強く危惧する。住民への説明責任と合意形成のプロセスを放棄した現在の検証委員会の進め方は、再び流域に対立と混乱をもたらすことが必至である。

  どのように川との共生を続けていくのかを決めるのは、国や県ではなく、川のそばに暮らす住民自身である。今回の検証委員会のように、住民不在のまま検討されていくことは、到底容認できるものではない。住民決定の視点が不可欠である。

 また、前述のように、ダムと堤防で洪水を制御する治水は通用せず、国交省の視点からの想定では洪水が防げないことが、今回の水害で明らかになった。検証には、今回の被災者を含む流域住民に加え、川辺川ダム問題に向き合ってきた住民団体、国とは異なる見解を持つ専門家、治水以外にも、防災まちづくりや山林、気象の研究者など、さまざまな立場の多様な視点を取り入れるべきである。

 加えて、傍聴可能な検証委員会であるにもかかわらず、開催直前の記者発表により周知の努力を怠ったことは猛省すべきである。開催直前の記者発表であり、傍聴手続きも煩雑であった。今回オンライン傍聴者は160名を超えたが、被災者を含め、オンライン傍聴環境が確保できる者は極めて限られる。委員会開催は、数日前に記者発表するだけではなく、関係団体への事前通知も含めて2週間以上前には発表、通知し、充分な周知時間確保と傍聴手続きの簡略化を図るべきである。

 

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