五木村の今後へ向けて last updated 2011/05/28

  2010年9月、政府による川辺川ダム計画中止表明により、現在川辺川ダムは休止状態にあります。
川辺川ダム本体工事とそれに付随する関連工事は、原則として休止されていますが、その中には、ダム水没予定地である五木村のインフラ整備や生活再建に関連するものもあります。これらは、ダム関連法による根拠の下に予算付けされており、ダム本体と合わせてこれら事業が止まることによって、水没予定地の発展が妨げられるという問題が起きています。

  県民の会は、川辺川ダム計画の休止を歓迎し、国に対して正式な中止を求めるだけでなく、ダム事業と切り離して水没予定地の生活再建が進むよう、新たな法整備を求めています。

  以下では、五木村の現状と抱える問題と、解決へ向けた提言をまとめています。

■五木村とは、どんなところですか?
■ダムと五木村の経緯は?
■ダム休止とその後の動きは?
■ダム関連のインフラ整備や生活再建とは?
■具体的には、五木村にとって何が問題となっているのですか?
■五木村の抱える問題解決のために、何が必要ですか?

■五木村とは、どんなところですか?

 熊本県南部、九州山地に位置し、周囲を1000m以上の山々に囲まれた山村です。川沿いの平地や山腹のわずかな傾斜地に、数戸〜数十戸からなる小集落が点在しています。
 川辺川ダムにより、村の中心地である頭地(とうじ)と、川沿いの南部地区が水没予定地となりました。

【五木村の概要】
■地勢
・東西20.7km、南北17.5km。総面積252.94ku
・九州脊梁山地にあり、総面積の96.2%が山林

■人口 
・1,353人、550世帯(2010年10月現在) 高齢化率40%
・生産年齢(15-64歳)は49.6%(全国平均は64.8%)。特に14歳以下は10.6%と少ない。
・3分の1の世帯が、1〜2人暮らし世帯。

■産業
・一次産業15.8%、二次産業25.5%、三次産業58.7%(平成13年度)
・サービス業38.8%、建設業が18.7% (いずれも平成13年度)
・田畑が少なく、農業は主に自家消費用の多品種少量生産型。主な特産品は、お茶、シイタケ、干タケノコ、米、ヤマメ、豆腐の味噌漬け、山うに豆腐、コンニャク、セリ、ニンニク、山菜、いつき焼など。

■ダムと五木村の経緯は?

 川辺川ダムが1966年に発表されると、すぐに村や議会はダム反対を表明しましたが、国や県は「下流を洪水から守り、住民の生命財産を守るため」としてダム受入れを執拗に迫り、最終的に村はダムを受け入れることとなりました。この間、村内はダム賛成・反対に二分され、3つの水没者団体のうち1団体は、国に対してダム中止を求めて裁判でも争いました。
 1981年に一般補償基準が妥結されると、遅れていた代替住宅地造成を待たずに、水没予定地からの離村が相次ぎました。その後1980年代後半に、村内5つの代替住宅地が完成。2001年には頭地代替地が完成し、水没予定地からの住民移転が進みました。並行して、ダム関連事業として、付替道路や橋梁の建設等の工事が進みました。
 2001年、2004年には、水没予定地の一部が強制収用手続きにかかりましたが、2005年に国は収用申請を取り下げ、手続きは白紙に戻りました。
 2008年には、相良村長、人吉市長に続いて、熊本県知事が初めてダム反対を表明。2009年には、民主党新政権が発足し、当時の前原国交大臣が川辺川ダム中止を表明しました。

【五木村とダムの主な年表】
1966(昭和41) ダム計画発表
1972(昭和47) 河川予定地指定
1976(昭和51) 「川辺川ダムに関する基本計画」告示、水没者団体(地権協)国を提訴
1981(昭和56) 一般補償基準妥結
1984(昭和59) 水没者団体(地権協)和解受入
1996(平成8) ダム本体工事着工に同意
2001(平成13) 頭地代替地へ移転開始、 国交省 収用裁決申請
2003(平成15) 川辺川利水訴訟 原告勝訴
2005(平成17) 国交省 収用裁決申請取り下げ
2008(平成20) 熊本県知事 ダム反対表明
2009(平成21) 国交大臣 ダム中止表明

【五木村の水没予定地】
●人口:1,457名 (全人口の42%)
●世帯:493世帯 (全世帯の48%)   (昭和56年一般補償基準妥結現在)

昭和30年代までは薪炭業も盛んでしたが、高度経済成長期の都市部への人口流出、水害と復旧工事による産業構造の変化、薪炭業や林業の衰退を受けて、人口は減少しています。過疎化、少子高齢化が、ダムと合わせて大きな課題となっています。

五木村の人口推移

現在ダム本体工事は休止していますが、当初計画のダム関連事業も8割以上が完了。 水没予定地からの住民移転も、1世帯を残し全世帯完了しています。

【五木村中心地頭地のようす】 
頭地地区 頭地地区 説明

■ダム休止とその後の動きは?

 2009年9月に国がダム中止を表明したものの、その後の関連法改正はまったく進んでおらず、現在も法的には川辺川ダム計画は「生きて」います。また、五木村のダム関連事業も、ダム関連法に縛られたまま前へ進めることができず、五木村や市民グループからも、ダム関連事業を法的にフォローアップするための新たな法整備を求める申入れが、度々国へ提出されています。

 なお、2010年7月より、国による「五木村の生活再建を協議する場」が設置され、五木村の生活再建へ向けた聞き取り調査、意見取りまとめなどが行われていますが、国交省が事務局であることもあり、協議の全体的な進行が遅く、具体的な新たな法の設置による支援など、具体的で抜本的な内容には程遠い現状です。

【ダム中止後の動き】
2008年
  9月? 県知事のダム反対表明
  10月 国「ダムによらない治水を検討する場」開始
  12月 熊本県議会「五木村振興推進条例」制定
2009年
  3月? 熊本県「五木村振興基金」(10億円)設置
  9月? 五木村「五木村再建計画」策定(H21〜H30)
     熊本県「ふるさと五木村づくり計画」策定
  9月? 前原国交大臣のダム中止表明
     生活再建等を含む新法案を翌年通常国会まで提出表明
  12月 法案提案の延期を表明
2010年
  7月  国「五木村の生活再建を協議する場」開始

>> リンク
 五木村・熊本県「ふるさと五木村づくり計画」
 国交省「五木村の生活再建を協議する場」

■ダム関連のインフラ整備や生活再建とは?
  ダム計画では、河川法、多目的ダム法、水特法(水源地域特別措置法)などによって、ダム本体に付随する関連事業として、水没予定地の道路や橋の付替え・新設、代替住宅地や代替農地の造成などのインフラ整備、新たな村づくり計画の策定等のソフト事業が行われます。国は、これを狭義の「生活再建」と呼んでいます。
  また、水特法は、ダムで水没する地域に対し優先的に交付金や補助金を付ける法律で、他の中山間地よりも優先的に、林道等の国の交付金によって行われるインフラ整備が実施されます。

 五木村でも、ダム関連事業として、国道445号線の付替え、県道25号線拡張、水没予定地右岸側村道の整備、大通トンネル建設、橋の付替え、代替住宅地造成、代替農地造成、公共施設移転、物産館新設、公園整備、村づくり計画(五木ルネッサンソン計画)策定、水源整備(上水道用)、林道整備等が行われてきました。
 これらの中には、未着手のものや、着手途中のものもありますが、現在は、一部を除いて原則的に工事が休止されています。

■具体的には、五木村にとって何が問題となっているのですか?

 ダムに関連する主要4事業と、広大な水没予定地の管理利用が課題となっています。
  それぞれについて、現状は以下の通りです。

 
必要な理由
現状
(1)頭地大橋の建設

2つの代替地を結ぶ付替県道。大型バスが通る

建設予定地が一部未取得だったが、特に必要度が高いこともあり、ダム中止表明後も、当初計画を一部変更して現在建設中。
平成24年度完成予定。
(2)国道445号線付替え

残り600〜700mで開通。
現在は、村道が迂回
路として使われている

国と県で実施主体の押し付け合いで宙ぶらりん状態になり、現在休止中。

国→「ダム中止なら県で整備を」
県→「当初計画通り国交省河川局予算ですべき」

(3)水源整備(元井谷)

頭地代替地の非常用水源と農地の水源の確保

頭地大橋と合わせ、平成24年度に完成予定。

(4)代替農地造成 水没と代替宅地造成で70ha損失。代替農地は10ha造成予定だったが、現在3.5haにとどまる

当初予定では、旧頭地地区を埋め立てその法面に造成予定だったが、国の土地取得が進まず当初計画変更の必要あり。
現状では、農地造成の修正計画も作られず、目途が立たないまま休止中。

現在暫定農地として、村が国から水没予定地のうち1.5haを貸借。一年更新なので、あくまで暫定利用。

国→「用地が一部未取得。他の場所での造成への計画変更は不可」

(5)水没予定地の利活用 移転前の住宅地・農地だった広大な水没予定地が、現在空き地となっている。
さまざまな可能性があり村としては早期に活用したい。

水没予定地は、現在国有地となっており国有財産法が絡み、同時に、ダム予定地として河川法にも縛られているため、村はまったく手をつけられない。

水没予定地を村が利用したり、国から村へ管理移譲するには、新たな特別法が必要。

 ダム中止発表後、国は生活再建についての協議を始めました。しかし、協議や新たな法整備は国交省主体で、スピード感を欠き、現地と中央政府の温度差が顕著になっています。
 五木村としては、これまで、住民移転など国・県の要望にほぼ100%答えたにも関わらず、国・県が取り組むべき、村との約束を反故にしようとしているとも言えます。
 特に、水没予定地を活用できないもどかしさがあり、「ダムは休止しても、村にとっては水が溜まっているのと同じ状態」になっています。新たな特措法や補償法の制定時期すら不明な中では、現状の法律に縛られ、五木村の将来にわたる重要な施策が決められないという、厳しい状況に追い込まれています。
 また、村民の要望には、雇用創出・産業育成・高齢化・少子化対策などがあり、残事業以外のソフト面での対策も必要です。

手をつけられない水没予定地

■五木村の抱える問題解決のために、何が必要ですか?

 現行法でやれることをやりつつ、 省庁の垣根を取り払った 「ダム後」のための法的措置が急務です。

 県民の会の目的は、川辺川ダム中止だけでなく、その後に続く、川と共にある住民による持続可能な地域社会づくりを実現することです。
 40年以上に渡り、五木村を振り回し続けてきた川辺川ダム問題がこれ以上長引くことにより、地域の未来が奪われることになります。また、川辺川ダムは、全国的にもダム中止の先例であり、八ッ場ダム等の他の事例のモデルケースとするためにも、ダム中止後の道筋を作ることが必要です。

 県民の会では、ダムと生活再建を切り離し、必要な法的措置(生活再建法、補償法等)を早急に整備するよう、県や国に対し申入れを行い、その早期実現に取り組んでいます。一部の活動は、県民の会代表中島が共同代表を務めるシンクタンク「住民による公共事業地域復興・再生プロジェクト」とも連動し、調査研究と提言を行っています。
 また、水没予定地でもあった五木村との交流を積極的に進め、交流による地域活性化や、地域の現状理解、課題解決へのサポートなどに取り組んでいます。

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