2005年8月29日、収用委員会宛てに以下の意見書(52)を提出しました。

国土交通大臣起業「1級河川球磨川水系川辺川ダム建設工事及びこれに伴う付帯工事」に係る土地収用案件(熊収13第9,第10案件)
2005年8月29日
熊本県土地収用委員会
会長 塚 本  侃 殿
意見書(52)

権利を主張する者毛利正二代理人
弁護士     板  井  優
弁護士     松 野 信 夫
弁護士     田 尻 和 子 
弁護士     原  啓  章



1 本意見書は、意見書47ないし51を敷衍し、さらに起業者の平成17年8月26日付け意見書に対する私たちの見解を整理したものである。

2 これ以上の「著しい遅延」は本件収用裁決自身の違法状態であり、収用委員会は本件収用裁決申請を却下すべきである。

@ 起業者は,平成17年5月27日「意見書について(提出)」と題する文書において,「起業者としては,『収用手続に入っている事業について,計画変更の可能性が生じているからといってその内容が判明するまでいつまでも待つことはできない』,『今回の審理までに新利水計画の概要が示されずダム事業計画を変更すべきか否かも確定しない場合には収用委員会としての判断を示したい』との収用委員会のお考えを厳しく受け止める」と述べてきた。
また,現在,熊本地方裁判所に係属している平成13年(行ウ)第4号川辺川ダム建設に係る事業認定処分取消請求事件において,訴訟参加の申立てをしている国は,平成17年5月26日付け第1準備書面において,「収用委員会としては,審理が著しく遅延しない限りは,本件事業の事業計画が変更されるか否か,変更されるとしてどのように変更されるかが確定した時点で,初めて『著しい変更』に該当するか否か判断することになる。」と述べてきたところである。

 本件は、「特定多目的ダム法に基づく法定協議の前提になっている国営川辺川土地改良事業変更計画が取消され、起業者がダム建設事業計画の利水需要を変更するかどうか検討したいと申し立てており、検討に要する期間は待たざるを得ない」(第20回審理録49頁下10行以降、下線は権利を主張する者代理人)事案である。しかも、検討に要する期間について、起業者は当初は3ヶ月とか、次には2004年春とか、さらに2004年10月ころとか、そして収用委員会から2005年春までと期限を付けられると同年8月までとか、あたかもすぐに出来るかのようにその場を繕ってきた。要するに、本件の実質審理は、起業者の申立により、かつその恣意的な見通しにしたがって何度も引き延ばされ、すでに福岡高裁判決が確定してから2年3ヶ月も引き延ばされているのである。

 以上のとおり,起業者のみならず国においても,収用委員会の審理が遅延するときには本件収用申請が却下される場合があることを自ら認めている状況にある。

A 権利を主張する者は,土地収用法の解釈上も,これまでの本件審理の経過等にかんがみて,本件収用申請が却下されるべきことを詳細に論証してきたところである。これに対する起業者の反論は,土地収用法をことさら形式的に適用することに終始しており,土地収用法やその上位規範たる憲法の趣旨を全く顧慮しようとしない不当なものであった。これは、起業者が、自らが模範を示して土地収用法を運営する立場ではなく、極めて恣意的な独自の解釈を行っているものに過ぎない。

 さらに,収用手続のスピードアップを図るため,平成13年に土地収用法が改正されたにもかかわらず,起業者は,今回,このような改正の意図を全く没却するような解釈に終始しているものでもあって,この点でも起業者の当該主張は失当である。

 したがって,収用委員会が本件申請の却下裁決をするにつき,法解釈上も全く疑問はなくなったといえるのである。

B 以上によれば,まさに,今回,収用委員会が本件申請を却下する旨の裁決を下すにつき,機は熟したということができる。

 のみならず,今回,収用委員会が本件申請の却下裁決をせず,いたずらに審理を継続させる判断をするときには,収用委員会自身が審理の促進を図っていないとの誹りを受け,ひいては,収用委員会自身が,裁決を下すにつき遅延が存したとして,その違法性を問われかねない事態が招来されることとなる。

 これまでの審理経過を参照すれば,収用委員会が,起業者に対し,最大限の猶予を与えて,辛抱強く審理を継続してきたことは明白である。しかるに,起業者は,収用委員会が回答を求めてきた新利水計画の概要を示すことがないまま今日まで推移してきたのである。
収用委員会が,起業者に対し,収用委員会の見解を明確に示した上,これまでに回答を求めてきた経緯に照らしても,最早,事態の推移を見守るために審理を継続する判断をすることは到底許されるものではない。収用委員会がこのような従前の公式見解と齟齬する態度をとることは,公的機関たる収用委員会の発言を著しく無力化させ,ひいては,収用委員会に対する社会的信頼をも揺るがせかねない事態が招来されるというほかない。

C 以上によれば,今回,収用委員会が,本件申請の却下裁決をするに機は熟したばかりか,本件申請の却下裁決を積極的に下すことがまさに至当というべきである。
以上のような事情に照らし,権利を主張する者は,収用委員会が本件申請の却下裁決を速やかに下されることを切望するものである。

3 却下裁決は新利水事業になんらの支障も与えない。
@  国営利水事業は、本来農家が「かんがい」用水を必要とする要望(申請行為)に対して、国において水需要を明らかにし、水需要に応じて「かんがい」用水の供給方法を提供し、土地改良法による3分の2以上の対象農家の同意を得て成立するものである。この「かんがい」用水の供給方法が、公共性、必要性、費用対効果などの土地改良法上の用件を満たさなければならないことはもちろんであるが、大事なことは、供給方法は農家の意向は聞くとしても国において客観的に定めるということである。その意味で、水に色は無いものである。

  この点は、新利水計画策定の事前協議(03年6月16日)で水源については農家の意向を聞いたうえで客観調査により決めるとなっているとこである。

A  ところで、収用委員会が却下決定を出しても、対象地域の「かんがい」の実現を妨げるものは全く無い。すなわち、新利水計画策定のための事前協議は、第5回意見交換会にあたり、初めて、相良六藤堰案を農家に示した。これは、畑かんがいと全量補給水田にはダム案と全く同一の供給能力があることを行政自らが認めているものである(第5回意見交換会資料@ほか)。

 問題は、いわゆる補給水を配る水田であるが、今回のアンケート調査では、概定地域内で水を望むものは7割にすぎず、農水省が明言した8,9割の事業参加者に達してはいない。そこで、改めて水の必要な対象地域を絞り込むことになり、対象地域ごとの事業参加者を分析する必要があるが、いずれにせよ対象地域は、現在の概定地域(1378h)からさらに絞り込まれることになるであろうことは現段階でも予測されているところである。したがって、相良六藤堰案でも十分に対応できる水の需要になることは、明らかである。

 要するに、「始めにダムありき」の立場から、ダムの水を押し付ける時代は終わったのである。
2003年5月16日の福岡高裁判決は国営利水事業について同意数が65.66%で、3分の2(66.666%)以上に達していないから違法(4161人中、42人不足)であるとの判決を下している。

 事前協議は第5回意見交換会にあたって、対象地域を1378ha(2028人)と概定した。これは、変更計画時の50%を切る対象農家でしかない。要するに、水を望むものは減少しているのである。今回のアンケート調査でも水を望むものは約40%にすぎず、概定した時点よりもさらに減少しているのである。要するに、問題となっているのは水の需要を各水田の水掛り、畑かんがい地域ごとに土地改良法上の要件を満たしているのかどうかであるが、その結果が厳しいものになることは明らかであろう。

 以上、いずれにせよ新利水事業は、収用委員会が本件収用申請を却下してもダム以外の供給方法で対象農家の水需要に十分対処できるものであり、そのことを収用委員会が心配することは全く無い。
 
 仮に、現在の概定した水需要であっても、相良六藤堰案は300億円(ダム案は490億円)であり、事業費を増やせば十分対処できるものである。

 ちなみに、農水省は、起業者の意見書に添付された別紙2「新利水計画の概要について(回答)」の中でも第2項で「今回提示した2つの水源案」と述べているように、農水省としては、どちらの案でも責任を持って対応できることとなっている。さらに、次のとおり農水省はどちらの案でも農家に水を届ける財源措置を取っており、ダム案がなくなっても対象農家に水を供給する体制は完成している。

    「農水省は26日、2006(平成18)年度政府予算案への概算要求に、人吉球磨地方にかんがい用水を送る国営川辺川土地改良事業(利水事業)の新利水計画関連工事費など21億円を盛り込んだと発表した。(中略)
  利水事業の本年度当初予算は10億円。同省は工事を停止し新利水計画を策定中で、新計画関連の工事費は昨年まで2年連続で要求を見送っていた。
   しかし新計画の策定作業は難航。事業対象区域の確定や、水源を川辺川ダムとダム以外の取水堰(せき)のどちらにするかの絞り込みも終えていない。このため来年度は早期の事業再開へ向け、どちらの水源案でも共通して必要な幹線水路やファームポンド(貯水池)の工事に着手する(以下略)」(2005年8月27日熊日)。


先に述べたように、事前協議の基本的合意事項では、水源については農家の意向だけでなく客観調査を経て決めるとしており、「焦点の水源について、行政側は事業区域を確定させた上で、その区域内でダム案派と取水堰(せき)派のどちらが多いかや、費用対効果などを分析し一つに搾る方針だ。そのため『ダム希望が七割』という理由だけで水源が決定するとは言えない」(05年8月17日熊日)というところである。

B  ところで、今回のアンケート調査で、ダム案が74%との宣伝がなされているが、これは全くの数字のマジックである。すなわち、国営事業に参加したいといっているのは全体の約40%であり、ダム利水を希望しているものは国営事業に参加すると言っている者(1775人)の74%であるから1313人である。これを全対象者(4240人)で見ると、1313÷4260人=0.309で、約31%でしかない。これは、福岡高裁判決時(65.66%)からすると半分以下に減っていることを示している。

これまでに述べたように、概定地域内(2028人)において事業参加者を表明した者は72%というのであるから1460人であり、その中でダム利水を望む者は74%というから1080人で、結局概定地域内でダム利水を望む者は約53%に過ぎない。要するに、ダム利水では3分の2以上の同意を取ることは不可能である。利水原告団はダム利水には同意できないとしており、現状では、ダム利水にこだわれば結局新利水計画の策定は不可能である。アンケート調査結果でも、第4項で驚く無かれの91%の対象農家が対象地域からはずされることに同意するとしている。これは、一方で事業に参加するとしながら、他方で事業から除外することに同意するとしているもので、このままではこの農家を対象地域に入れて事業を強行すると「同意できない」という抵抗運動も起こりかねない状態である。

要するに、「ダムの呪縛」からの解放が利水事業を安く早く実現する道であり、相良六藤堰案が出来た今、安心して裁決申請を却下いただきたい。

4 収用委員会の歴史的決断を強く望むものである。
@ 本件はこれまでの土地収用法に基づく収用手続きの中で、前例がない。
国土交通大臣は、2001年12月26日、川辺川ダム建設事業変更計画について土地収用法に基づき事業の認定をした。そして、国土交通省は、2001年12月18日、本件収用裁決申請を行い、同月25日熊本県収用委員会に受理された。しかしながら、2003年5月30日、福岡高等裁判所で、川辺川利水訴訟控訴審判決が確定してから起業者による本件事業計画の変更手続きが問題となり、2003年10月27日第20回審理で、新利水事業の策定まで審理を中断するとした。その目途としては、2004年4月から6月ということであった。しかし、その時期までには審理は再開されなかった。その後、起業者から2004年10月には新利水事業が策定されるとの報告を受け、同年11月25日、再開された収用委員会は、起業者に対し、「遅くとも来年春までには新利水計画の概要を示していただきたい」(第21回収用委員会審理録18頁)「『春頃まで』・・・その真意が、例えば6月とか、8月とか、そんなことは到底考えていません」と言明した。
そして、2005年5月31日期限ぎりぎりに第22回審理が再開された。
その上で、収用委員会はいったん審理を打ち切り、裁決会議手続きに入った。その際、収用委員会は、『今後裁決会議に入り、審理を続行すべきか打ち切るべきかについて判断する。その結論が出たあと、審理を再開し、審理を継続するか終結するかの方針を伝える。』としている。

そして、本日8月29日の指定となったのである。さらに、前回、「次回審理までに新利水計画の進捗状況に変化があれば、当該進捗状況を説明する意見書を受付、その内容も加味して、判断する。」として、事実上、起業者に期間の猶予を与えたのであった。

然るに、本年8月26日付けの起業者の意見書に拠れば、「遺憾ながら、現段階では、新利水計画の概要とそれを踏まえたダム事業計画の変更とに関する対応方針について、起業者から説明することはできません」と、いまだ、新利水計画の概要ができていないことを認めたのである。これによって、収用委員会の採るべき結論は明らかとなったのである。

しかし、起業者は、この段階に及んで、さらに、新利水計画に向けた取り組みが着実に進捗しているとして、収用委員会の「理解」すなわち、審理の継続を求めている。しかしながら、起業者のこの態度は、水源の確定がなされるのはいつかとの期限も示さず、九州農政局長の「新利水計画が最終段階に近づいている」との回答を利用して、まったく根拠もなく、却下裁決をまぬがれようとの言い訳以外のなにものでもない。要するに、収用委員会のいわゆる「悪女の深情け」に期待しているのである。しかし、本件は土地収用法の公正かつ公平な適用が問題となっており、これ以上、土地収用法の所管省である国土交通省の恣意的運用を許しては、土地収用法の崩壊につながるものである。要するに、起業者は、法を犯しても、法に対する社会的信用が崩壊しても、とにかく自分をかばって欲しいという危険な心理状態に陥っているのであり、男女の恋愛感情なら別にして、本件では絶対にしてはならないことである。

新利水計画の概要も示されない現状において、これ以上の継続審理は、これまでの収用委員会の見解からも、収用法46条3項、同法47条本文、同条2号からも考えられないことである。もし継続審理との結論を収用委員会がとるということで、それは、自殺行為としか言いようがない。収用裁決申請から、3年8ヶ月、福岡高裁判決の確定による実質審理の中断から、2年3ヶ月、これまでの審理の長期化は、きわめて異例かつ異常である。

しかも審理の長期化のきっかけは、前記福岡高裁の判決により、新利水計画策定が模索される中、本件事業計画変更が大幅に見直されることが必至の状態となり、そのため、審理の対象が特定されないという異常事態が発生したのである。長期化に関して、被収用者は不安定な地位に置かれることで被害をこうむる立場であり、まったく責任はない。収用委員会の迅速かつ適正な判断を望む所以である。

起業者も、「収用委員会としては、審理が著しく遅延しない限りは・・・事業変更の内容が確定した時点で、著しい変更に当たるか否かの判断をする」として、審理が長期化した場合,収用委員会において、却下しうることを認めているのである。

A これ以上の審理遅延は、不作為の違法となる
土地収用法第46条3項は、収用委員会は、審理の促進を図り、裁決が遅延することのないよう努めなければならない、と規定している。そして、裁決すべき期限が不当に遅延するときは、不作為の違法確認の訴えなどが提起可能とされている。

B 以上から、収用委員会は、前例のない本件において、勇気を持って、歴史的第一歩を踏み出していただきたいと、強く要望する次第である。そうしてこそ、起業者も見通しの無い泥沼状態から解放され、法に基づいた公共事業政策を推進することが出来るものである。



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