国土交通大臣起業「1級河川球磨川水系川辺川ダム建設工事及びこれに伴う
付帯工事」にかかる土地収用案件(熊収13第9、第10案件)

                                    2004年11月25日

熊本県土地収用委員会
会長  塚本 侃 殿

             意見書(44) 
               
第1 収用委員会は本件収用裁決申請を直ちに却下すべきである。
私たちは、本件収用裁決において、これ以上の審理の中断は絶対に許されな
い、と考えている。
03年10月27日本件の審理において、収用委員会は新利水事
業がダム利水になるか、非ダム利水のどちらになるかということを
待った上で本件審理を再開したいとして、当分の間審理を中断する
とした。その際のメドとしては、今年の4月から6月ということで
あった。
しかしながら、別紙「新利水計画策定に向けた事前協議の経過」に
よると新利水事業の策定作業は今年6月以降も行われた。その後、 農水省
は収用委員会からの照会に対して今年10月ころにはメドがつくであろうと
の回答を行なった。そして、熊本県収用委員会はこれを踏まえて今年11月
25日に審理を再開すると関係者に通知したところである。

しかしながら、現時点で、明確なのは04年11月22日に開催さ
れた第5回意見交換会に向けた新利水事業策定にかかる事前協議ではなんら
の合意もなされず、行政側が意見調整を行った上で、次回は12月3日に行
われることになった。しかも、新利水事業でどのような利水案が策定される
かどうかもまだ定まっていないばかりか、そもそも第5回意見交換会がいつ
どのように開催されるかどうかすら明確ではない。

私たちは、本件川辺川ダム建設事業にかかる共同漁業権収用裁決申
請問題で、このまま収用委員会の審理がいつまでも中断することに対
して、絶対に許すことは出来ない。
すなわち、国土交通省の態度は、ある乗客が同じバスに乗っている
友人が一寸用事を済ませてくるのでしばらくバスをそのまま停留所に待たせ
てくれ、と言っているようなものであることは、私たちが、これまでに何度
も述べてきたところである。その上で、私たちは、国土交通省が本件審理を
短時間ならともかく、長期間待たせるのはあまりに横暴だと批判した。
 
ご承知のように、この横暴な乗客が国土交通省であり、その友人が
農水省で、バスの運転手が熊本県収用委員会で、他の乗客たちが収用される
挙動漁業権の権利者である漁民たちです。もちろん、友人である農水省が済
ましてくると言っている用事とは『新利水事業』のこと
です。しかも、この横暴な乗客は、例えて言えば、交通局のお役人で
「バスは時間通りに運行しなければならない」という規則を作ってい
る者である。にもかかわらず、この横暴な乗客は、自分たちにはその
「規則」は関係ないとして時間通りの運転をすることを妨害している
ものである。これは、公務員の職権濫用罪にあたる行為とも言えるの
である。

ところで、一般に収用委員会が審理をする際に従う土地収用法は国土交通省
の所管である。そして、平成13年に改正された土地収用法では、収用手続き
を円滑に進めるには収用裁決申請をしてから2年以内に裁決が出ないといけ
ないとされているところである。
起業者である国土交通省が収用裁決申請をしたのは、01(平成13)年12月
で、当時の新聞報道では、3ヶ月で収用裁決が出るという見通しも示されて
いる。しかし、現実はそうはなっていない。そして04(平成16)年11月25日
には約3年になるのである。最早、現在の状態は、国土交通省の言う2年以内
の審理・裁決ということにも大幅に反しているものである。

これに対し、新聞報道などによると、熊本県収用委員会はこれまで
記者会見で、川辺川ダム建設事業計画から利水目的が脱落した場合、さらに
一定の期間内に速やかに再変更計画を立てない場合に、収用裁決申請を却下
するとの方向を明らかにし、仮に国土交通省が再変更計画を立てても利水計
画の縮小変更がある場合に「著しい変更」にあたると判断したときには収用
裁決申請を却下するとの態度を表明している。
 これまでの新利水事業策定にかかる意見交換会で3回にわたりアンケート
調査が実施された。特に、昨年12月の第3回意見交換会で行われたアンケー
ト調査では、新利水事業でダム利水を望むものはわずか23%程度に過ぎな
いことが明らかとなった。要するに、この時点で、ダム利水で3分の2以上の
同意を得ることは最早完全に有り得ないことになったのである。しかしなが
ら、農水省は国土交通省の後押しを受け、第4回事前協議で、アンケート調
査結果を無視して、ダム利水優位の水源案を強行しようとした。しかし、こ
うした「始めにダムありき」の強引なやり方は農家の厳しい批判を浴び、結
局ダム利水優位の水源案は棚上げとなった。
その上で、この第4回意見交換会では、水源案ではなく利水需要が問題と
なった。しかしながら、この意見交換会に参加した農家は下図の通りで2割
以下という有様であった。さらに、第4回意見交換会では利水需要について
のアンケート調査が行われたが、このアンケート調査の回答率は83%で
あったにもかかわらず、水を望む農家は23%くらいに過ぎないことが明ら
かとなった。

その結果、利水訴訟原告団・弁護団は、アンケート調査結果を重視して3分
の2以上の同意を取れる可能性のある地域は548ha程度でしかないことが明
らかとなった、と指摘した。これに対して、行政側は1378haを概定地域と
して作業を進めるとしたが、これは農振地域と県営畑総優先的に付け加えた
結果であり、利水訴訟原告団・弁護団としては同意しておらず、調整役であ
る熊本県が裁定したものである。
    (時期) (会場数) (参加者数) (アンケート結果)
第4回意見交換会 04年7/3〜7/16   42    937人水田16.5
%畑 22.2% アンケート実施83%提出
農家同士の話合い 04年7/6〜7/31   55    731人(17.7
%)

私たちは、これ以上国土交通省が、新利水計画策定作業と川辺川ダ
ム建設事業問題を結びつけず、ダムの呪縛から利水事業関係者を解放すべき
だと考える。また、国土交通省がこれ以上、バスを停止させた
まま漁民など関係者を束縛することは、国交省による『バスジャック
事件』ならぬ『収用委員会のっとり事件』である。
収用委員会が、権力を濫用する国土交通省ではなく、土地収用法に従い、川
辺川ダム計画事業計画の再変更がこれ以上遅れれば却下するとしたのはまさ
に当然のことである。私たちとしては、これ以上収用委員会の審理を機能さ
せないというのであれば関係国家公務員の責任を追及せざるを得ないものと
考えざるを得ない。
 したがって、国土交通省が、新利水計画をダム計画から切り離す歴
史的な判断を11月25日の収用委員会で行うよう強く求めるものであ
る。

第2 新利水計画策定の事前協議の現在の進行状態を正確に把握するため
に、事前協議の調整役である熊本県(地域振興部)、ダム以外の利水案を策
定する作業を担当している熊本県農政部、国営利水事業の起業者である農水
省九州農政局の各責任者を本年12月25日の審理で参考人として招致された
い。

熊本県収用委員会は昨年8月25日に新利水事業策定の調整役で
ある鎌倉孝之熊本県地域振興部長を参考人として意見を聞いた。これ
は、新利水事業の策定作業の当時の状況を把握する上で重要な手続きであっ
た。
 現在、熊本県収用委員会では本日11月25日審議を再開し、国土
交通省が川辺川ダム建設事業計画の再変更計画を出すのがかかるのであれ
ば、収用裁決申請を却下するとの態度を公表している。
 現在、新利水事業策定作業では非ダム利水案を検討している真っ最
中であり、様々な検討課題が山積している。しかしながら、水利権問
題は重要な課題でありながら、国土交通省関係の都合で大きく遅れて
おり、これが最近の事前協議の遅れの最大の原因である。こうした遅
れの背景には国土交通省が「始めにダムありき」の態度を強引に押し
付けているものである。したがって、新利水事業策定作業が今後どの
ように進行し、どのような結論にいつ辿り着くかどうかすらも明らか
ではない。

私たちとしては、こうした実情を正しく収用委員会に伝えるために
は新利水事業策定の調整役だけでなく、非ダム利水案を策定するために作業
している熊本県農政部はもちろん事業主体となる九州農政局
の各責任者の意見も、収用委員会が遅れを判断する上で必要にして不可欠で
あると考えている。

第3 国土交通省は、本件収用裁決申請却下される前に、本件申請を取り下
げるべきである。
すでに述べたように、新利水事業でダム利水案が採用される見通しは現実的
には存在しない。現在行われているのは、非ダム利水案の策定作業であり、
国土交通省の水利権問題などを口実にした妨害のために遅れているものであ
る。
国土交通省は、今年8月に川辺川ダム建設事業費を約650億円増額し、約3300
億円とする方向を明らかにし、再変更計画を策定するとしている。

したがって、国土交通省には、@昨年5月16日の福岡高裁判決の確定、新利
水計画策定作業でかんがい用の利水目的が脱落することが明確になっている
こと、Aダム建設事業費を約650億円増額する予定であることなど、平成10
年のダム建設事業変更計画を再変更せざるを得ない状況に直面している。加
えて、B電源開発に関する利水目的に関してもダム費用の増額との関係で国
土交通省自らが経済的に成り立つかどうか疑問を持っている状態でもある。

さらに、C現在、熊本県では川辺川ダム建設事業目的のうちの「治水」につ
いても国交省が県民に対する説明義務を尽くしていないとして住民討論集会
が開催されている。そして、この中でも、八代市関係については堤防を強化
することで治水対策が可能であり、人吉市については河床の掘削などでの治
水対策の必要性が指摘されている。しかも、人吉市と八代市の間の中流域は
ダムを建設しても水害は防げないことは国土交通省自らが熊本県議会関係者
に言明しているところである。現在、森林の保水力(緑のダム問題)で調査
が行われているが、国土交通省の積極的に協力しないという中で、調査の遅
れが指摘されている。要するに、国土交通省はダム建設の「治水」目的につ
いても到底県民に対する説明義務を尽くしたと言える状態ではない。

こうした事情を踏まえると、国土交通省が本件収用裁決申請を取り下げた上
で、どうしてもダムを建設したいのであれば、改めて再変更計画を策定して
県民の信を問うのが本来すべきことである。
私たちは、国土交通省がそのような立場に立つことがあるべき姿であると考
えているので、国土交通省が本件収用裁決申請を取り下げたのであれば歴史
的英断であると高く高く評価するものである。

以上