子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会
ニュースレター 第21号 2003年(平成15年)7月4日発行


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今号は、利水裁判特集です。

*川辺川利水裁判控訴審の判決言い渡しが5月16日、福岡高等裁判所でありました。小林克己裁判長は最大の争点となった対象者の同意について「用排水事業と区画整理事業については3分の2に達しておらず違法」と認定し、農林水産大臣の異議申立棄却決定を取り消す原告農家の逆転勝訴の判決を下しました。高裁前では、詰めかけていた300人以上の農家や支援者たちの大きな歓喜の声が上がりました。

 3日後の5月19日、亀井善之農水大臣は16日の農家側勝訴判決という結果を受け、上告断念を発表しました。人吉・球磨の農民は、ついに無駄な巨大公共事業に終止符を打ったのです。

■川辺川利水控訴審・判決の一日
 5月16日午後2時過ぎ、福岡高等裁判所前で立ちずくめだった私たちの前に『勝訴』の二文字が飛び込んできました。一瞬沈黙の後、大きな歓声が沸き起こりました。誰彼かまわず抱き合ったり、握手したりする人々の目には涙が…。支援者の私でさえ、グッとこみ上げるものがありました。当事者の方たちの喜びはいかばかりか。数日前、川辺川を守る県民の会のスタッフから、「歴史的な瞬間だから、仕事を休んでも参加した方がいいですよ」と説得されて来た甲斐があったというものです。
 相良村に計画されている川辺川ダムから水を引いて農業用水とする国の事業に対して、「ダムの水はいらない」「同意していない」と地元農民が起こした利水訴訟、2000年の一審で「死者の署名」が明らかになったにもかかわらず、農民側敗訴の判決が出されました。この時、経済的にも精神的にもギリギリの状態だった原告団は、控訴するかどうか悩み抜いたそうです。そのような窮状を知って原告団の集会に参加したり、わずかな額をカンパしたり、『アタック2001』のお手伝いをしたりしました。
 『アタック2001』とは、人吉、相良の農家を一軒一軒訪問して、署名・押印を確認するものです。この時点で「これは私が書いたっじゃなか」とはっきり答える方が出て、もう驚くばかりでした。この時一緒に回ったのが原告団副団長の古川十市さんで、私などほとんど足手まといであったにもかかわらず、心から感謝して下さり、川辺川や六角水路を案内し、帰りには野菜のお土産まで頂き、その暖かい人柄に感激しました。この時、私は微力でも社会に働きかける手ごたえを実感したと思います。
 さて、二審判決の一週間前の夜、弁護団会議に参加させていただきました。10名近い弁護士のそうそうたる顔ぶれに頼もしさを感じると同時に、「アレッ?」と疑問に感じたことが一つ。弁護士の仕事って、法廷で真実をあばき、論破することだと思っていたのに、この日の打ち合わせは、判決が出た後どの議員とどう交渉するか、大臣とどうやって会うか、知事申し入れをどうするかなどの言ってみれば、表からは見えない裏の動きばかり、表に出ないところの沢山の現実があることを知りました。
 裁判自体も、どちらの言い分が正しいかを裁くというより、政治的圧力で動くという「司法の独立」とはちょっと違う現実を垣間見た気がしました。
 東京から戻って来られたばかりの森徳和弁護士が「これは絶対当日までオフレコなんですけれど」とことわり付きで、実は東京で田中康夫長野県知事に会い、「勝訴」の垂れ幕を書いてもらったとの報告をされたので、それから一週間、尚更勝利への思いをたぎらせることになったのです。
 勝訴して3日が経ち、原告団、弁護団、支援者は、国の上告を阻止するため最後の力を振り絞っています。県民の会代表の中島康さんが、「農民の方の苦労を思うと涙が出るんだが、この裁判は、損害賠償ではないので、勝っても全く金は戻ってこない。マイナスをやっとゼロにしただけだ」といわれたことが重く心にのしかかります。
 国民の税金を使って国民を苦しめる、そんな日本の行政の姿をみると、日本はほんとに民主主義の国と言えるのだろうかと思ってしまいます。
 その後、国は上告を断念し、5月30日に勝訴が確定しました。ダム建設の息の根を止めるまであと一歩です。どなたもダム反対の声をあげましょう。
                           (県民の会 金津左代)

■「上告するな」 農水省前座り込み行動に参加して
 ●一泊四日バスの旅
 5月16日の逆転勝訴判決を確定させることが、直面する一番の課題でした。「最高裁に上告できない素晴らしい判決」だと弁護団から説明を受けてはいましたが、ダムのためなら何でもありの国がやることなので油断ができません。そこで、被告である農水省前で上告させない座り込み行動が計画されました。上告期限の5月30日まで延々と続く予定で、私は最初の座り込みに参加することになりました。
 現地相良村発の大型バスに、原告・支援ともども乗り合わせて5月18日午後に出発。日本列島がこんなに長いものと、つくづく感じました。高速道路で18時間も延々とバスに揺られ、体が大きいのでほとんど眠れません。振り返ってみれば、原告の人たちはこのような”苦難”を7年間も続けてきたのですから、贅沢は言えません。

 ●霞ヶ関を美しい調べで”包囲”
 19日午前9時農水省前に到着し、判決直後から上京していた原告の人たちと合流。冷たい雨が降りしきる中「国は上告するな」の宣伝行動に参加、道行く人にビラを配りました。そして座り込み行動です。座り込みといっても地べたに直接座るわけではありません。雨が降ったので椅子が用意されていました。
 すべて私たちに道理がある行動です。参加している原告、駆けつけた支援の顔は清清しさであふれていました。この裁判を振り返ると、本当はもっと悲痛なのに、みんな笑顔です。寒くてぶるぶる震え上がっているのに、楽しいのです。特に印象に残ったのは、トランペッターの松平晃さんが美しい音色を奏でたことでした。「ふるさと」の懐かしいメロディーが霞ヶ関の庁舎を包みます。
それは、やさしく心のこもった”包囲”でした。農水省で働く人々も、国交省で働く人も、みんな聴き惚れてしまいました。そのとき、「上告できない」と密かに確信をもちました。そして、思いがけなく農水大臣と原告・弁護団との交渉が実現できるという知らせも入り、刻々と情勢が急変している様子が肌に感じ取れました。

 ●座り込み初日で国は上告断念
 忙しい一日を無事に終え、原告団長の梅山究さんたちと晴海の宿舎に帰りました。徹夜状態なのでクタクタでした。夕食を食べようかとしていると、またもやあわただしい空気が流れました。テレビのテロップに「国は上告断念・・」。これを見たとたんに、「え!」という驚きとともに怒涛のような歓声があがりました。いつもは静かな宿舎にマスコミが続々と押しかけ、まさに歴史が動いている瞬間とはこういう光景なのかと感じました。
 そして、国の敗訴は確定しました。一泊四日の東京行動は生涯忘れることはできません。浜名湖をこの目で見ることも、長良川や大井川を渡ることも出来て、バスで参加して良かったなと振り返っています。
 最後に、この日の為に周到な準備をして下さった公害・地球環境問題懇談会はじめ東京の皆さん、ありがとう。差し入れのおにぎりも美味しかったです。
                         (県民の会 大畑靖夫)

*去る6月21日に県民の会では熊本市内で講演会を開催しました。講演は
 川辺川利水訴訟弁護団の松野信夫弁護士にお願いしました。ここでは、その
 講演の要約を掲載します(文責は県民の会)。

講演「川辺川利水裁判勝訴判決の意義とダム中止に向けた今後の展望」

         川辺川利水訴訟弁護団副団長 弁護士 松野信夫

 (1)判決の意義、闘いの経過、利水問題の今後
 今回の福岡高等裁判所の判決は画期的な完全勝訴判決だ。対象農家の3分の2の
同意があったかどうかという点において、農地造成事業は適法とされたが、メインの用排水事業と区画整理事業は同意者数が3分の2に至らず、違法とされた。ダムの水と関係があるのは用排水事業であり、利水事業の根底が否定されたことになる。同意者数とい
う事実認定は高裁判決で確定した。同意取得手続きや事業の必要性など法解釈の面で
国に負けさせると、最高裁判所で争えるので国に上告の理由を持たせてしまう。事実
そのものは最高裁判所では争いようがないので、国の上告は不可能である。法律論では負けさせて事実論で農民に勝たせる。これは上告させないという福岡高裁の意志であろう。とてつもない勝利だ。
 判決当日、私は上京して上告阻止運動に備えたが、農林水産省の官僚の机には「国一部勝訴」と書かれたFAXが届いていた。しかし判決の意味が明らかになると5月30日の期限を待たず農水大臣は上告断念の意思表明をせざるを得なかった。
 熊本大学の中川義朗教授(行政法)も「これからの地方分権を先取りする判決である」と評価している。川辺川ダム問題は県民が決定すべき問題であり、熊本県が決定権を持っている。
 1996年熊本地方裁判所へ農家866人が提訴し、その後補助参加を加えて2100人の原告
団となった。しかし、2000年9月8日の判決において原告農家は敗訴した。これは司法の自殺と呼ぶべき判決であった。
 その後、福岡高裁における控訴審では、一審で調べなかった2000人について調査を行い、同意者名簿の変造を確認した。また法廷でのビデオ上映など様々な取り組みを行った。『アタック2001』など、法律について素人の支援者が行った調査が裁判所に証拠として採用されることはまさに画期的な事である。
 この勝利はとてつもない影響を与えつつある。農林水産省は文字通り震え上がっている状況だと言えるだろう。既に進めている事業が違法となったのだ。土地改良法上も規定がない。農水省はどうするのか。責任者は懲戒ものの事態だ。ファームポンド(貯水槽)や導水菅の建設など、この違法な事業において既に執行された予算は 国営事業費375億円の44%の165億円に上る。
地方自治体が行った違法な予算執行であれば、住民は監査請求が可能であるが、国が違法な予算執行を行った場合の規定はない。しかし、農水官僚は裁判での損害賠償の追求を恐れている。
 この利水問題については、今後は熊本県が中心となり、4400戸の農家の意向を詳細に
調査することとなった。

(2)ダムを止めるための戦い
 川辺川ダム事業認定取消訴訟の原告団の漁民が、尺アユ原告団として立ち上がり、補助参加を呼びかけることになった。この裁判では、原告適格と川辺川ダムの公益性、合理性の2点が争点となっている。
 熊本県収用委員会に対して、6月23日付けで国土交通省は利水事業が今後どうなるのか意見書を提出することになっているが、おそらく何も書けないであろう。利水事業をゼロと見なせば、国交省にとっては苦しい展開となる。国交省は軽微な変更として言い逃れするだろう。土地収用法上、事業認定時と実際の事業が著しく違えば収用委員会は収用裁決申請を却下できるからだ。
 また知事が独自に、計画変更の告示ができるとされている。告示されれば、現計画は自動的に失効することになる。つまり知事がダムを止めさせる事が出来る状況が作れるのだ。
 我々は収用委員会に対しては、却下を求めていく。そして国交省に対しては収用裁決申請の取り下げを求めていく。この二つの運動を盛り上げよう。却下または取り下げしたらダムは出来ない。

会員投稿 −昔の球磨川−
 私は八代で育ちました。小学校五年の頃、八代には珍しく雪が積み、先生が「今日は雪合戦をするぞ」と授業を休んで、野上(*)の河原に連れ出してくれました。
皆滅多に体験できない雪合戦を憶えています。
 (野上・・・現在は国道3号線が通り、市街地になっています)
 中学生(旧制)の頃、坂本方面から汽車通学をしていた友達が、授業が終わるとカバンを抱えて八代駅まで必死に走っていました。天然の鮎が沢山、川を上っており、6月解禁になると、鮎掛けの時間を作るため、一本早い汽車に乗って帰るためです。
 戦後、私も家族連れで坂本に行き、球磨川の川面、一杯に蛍が飛び交うのを見ながら、
鮎を食べて楽しんだ思い出があります。
 夏には、川で泳いでいました。ダムや堰が無かった頃、球磨川流域の材木は筏に組んで川下りし、八代の製材所の側の堤防際に接岸してあり、その上を渡って行って、泳いでいました。時には筏の下をもぐって、くぐりっこをしたこともありました。親が知ったら「危ない」と大目玉だったでしょう。
 川の中州にはしじみ貝が一杯いました。周辺にはうなぎ籠が沈めてあり、河口付近の浅瀬には、あさり、はまぐり、まて貝、うば貝、えび、しゃく等々、魚介類が沢山いて、潮干狩りも楽しい思い出の一つです。特に現在の築港の大型船用の岸壁付近には、はまぐりが一杯いました。
 今となっては、自然豊かな清流球磨川を取り戻すことは不可能に近い状況ですが、せめて今以上に自然環境を破壊しないでほしいものです。
                        (県民の会 竹田定記)

■ダム中止申し入れの賛同募集
 できることは、何でも、やりたい。
 5月16日原告団より一足先に、福岡高裁に着いた福岡の会のメンバーは裁判所前で最後のチラシ配りと思い、きれいな川辺川のカラーチラシを道行く人に配りました。
 そして、判決、「勝訴!」。今でも、あの感動は思い出すたびに、胸が熱くなります。
勝訴が確定して、これで、川辺川ダムは止まったと誰もが思っていたところです。ところが、国土交通省は一向に、ダム中止の宣言をしないのです。
 36年間も国は私たちの血税を無駄遣いしておきながら、まだ、やめようとしない。多目的ダム法に照らし合わせても、計画変更の手続きをしなくてはいけないのに、その手続きをしようともしない。これは明らかに、違法行為だと思います。
法律を守らない、住民の意見を聞かない、それなら行政などいらないと激しい憤りを感じるのは、私だけではないと思います。
 福岡の会としては、そのような皆さんの声を総理大臣、農林水産大臣、国土交通大臣、
九州地方整備局長へ届けようと、川辺川ダム中止を求める申し入れへの賛同者(個人・団体)を募ることにしました。第一次募集として、6月20日までに、1000名近い賛同を得ることができました。
もっと、もっと、皆さんの声を集めていきたいと思いますので、どうか、ダム中止の申し入れにご賛同下さい。よろしく、お願い致します。

賛同の連絡先:
電子メール:manabu_matsu@yahoo.co.jp
FAX:092-623-1765
郵送:〒812-0061福岡市東区筥松4-4-3-209 松原 学

以下、賛同者のメッセージを少し紹介します。
☆美しい山や川をこれ以上なくさないで下さい。
☆あと一歩なのでがんばってください。
☆川辺川を守るために必要なあらゆる活動に賛同いたします。
☆高尾山や八王子城跡の天狗やムササビやオオタカなどすべての生きものが喜
 んで賛同します。川辺川の原告団・弁護団の皆さん、大きな勇気をありがとう。
☆今回、この活動に微力ながら力添えができたらと思い、賛同の意をお送りします。
                  (福岡の会 松原 学) 

ホームページ開設しました
 去る3月に、京都をメイン会場として、滋賀・大阪で「世界・水フォーラム」が開催されました。関西の会としても参加予定をしていましたが、個人的事情など(足を怪我しちゃったんですけどね)により、参加できませんでした。
 そこで、「槙尾川ダムの見直しを求める連絡会」や「関西のダムと水道を考える会」の皆様のご協力で、川辺川のポスター展示・署名集めを大阪会場で行っていただきました。やはり持つべきものは仲間ですね。
 淀川水系流域委員会は先進的な考えをもって国土交通省近畿地方整備局に意見を述べていますが、関西でも建設目的や水需要予測に疑問のあるダム計画が多く存在します。ダム問題は全国的な問題です。無駄なダムを造らせないために、これからも他の市民団体と連携を深めていきたいと思います。
 さてそんな中、川辺川ダムの問題を多くの人に知ってもらおうと、関西の会のホームページを開設しました。はじめて川辺川ダムのことを知る人にも分かりやすいよう、できるだけ初歩的(?)な内容としています。会員の皆さんも、おさらいのつもりで一度ご覧下さい。間違いなんかを発見したら、「こっそり」知らせてくださいね。
 ホームページアドレスは、http://www2.odn.ne.jp/k-wave/page007.html です。
県民の会ホームページからもリンクしています。
                         (関西の会 加藤広行)

署名のお礼
 前号でお願いした、熊本県知事宛てのダム中止請願署名ですが、2942名分集まりました。
集まった署名は6月16日に熊本県に提出しました。署名活動にご協力いただきました皆様
には、この場をお借りしてお礼申し上げます。会ではこれからも署名活動を行います。今後もご協力いただける方、下記方法でよろしくお願いします。また7月19日には熊本市で
街頭署名活動を行います(詳細はイベント・インフォメーション参照)。こちらのご協力も
お願いいたします。

署名用紙の入手方法:
1.県民の会ホームページ(http://kawabegawa.jp/)から取り出す
2.県民の会に連絡する:連絡先070-5273-9573土森

署名用紙の送付先:
〒869-0222熊本県玉名郡岱明町野口927 土森武友 

イベント・インフォメーション
●川辺川尺アユ裁判(事業認定取消訴訟)
 日時:7月10日(木)9:30門前集会10:00口頭弁論
 場所:熊本地方裁判所
 問い合せ:毛利(TEL:090-8834-1533)
●第8回「川辺川ダムを考える住民討論集会」
 日時:7月13日(日)12:00または12:30
 場所:熊本県庁地下大会議室
 テーマ:ダムの環境影響に関する総括討論
 問い合せ:熊本県企画振興部川辺川ダム総合対策課
      (TEL:096-384-1591)
●川辺川ダム中止請願署名活動
 日時:7月19日(土)13:00〜15:00
 場所:熊本市・下通りダイエー前
 問い合せ:土森(TEL:070-5273-9573)
●熊本県収用委員会
 日時:7月25日(金)13:00
 場所:熊本市青年会館
 問い合せ:毛利(TEL:090-8834-1533)
●第7回川辺川現地調査
 日程:8月23日(土)24日(日)
 詳細は未定