2007年3月20日、「球磨川水系河川整備基本方針の策定」に関する意見書(その11)(穴あきダム問題、および川辺川ダムによる濁水、富栄養化、河床軟岩露出の問題について)を提出しました。

2007年3月20日
社会資本整備審議会河川分科会
河川整備基本方針検討小委員会 委員長 近藤 徹 様
                委員  各 位 
子守唄の里・五木を育む清流川辺川を守る県民の会 代表 中島 康
(川辺川ダム反対52住民団体代表連絡先)
「球磨川水系河川整備基本方針の策定」に関する意見書(その11)
(穴あきダム問題、および川辺川ダムによる濁水、富栄養化、河床軟岩露出の問題について)

 3月23日に「球磨川水系河川整備基本方針に関する検討小委員会」が開かれますので、それに先立ち意見書を提出します。

 この意見書では、前回の委員会で委員長が事務局に対して検討の指示を出した「穴あきダムの問題」と、前回の委員会資料3―2で展開されている「川辺川ダムによる濁水、富栄養化、河床軟岩露出の問題」について私たちの意見を述べます。

 この委員会の今までの会議は、基本高水流量、計画高水流量、環境への影響に関する科学的な議論がきわめて乏しく、潮谷義子熊本県知事が述べた基本的な疑問に対してもまともな答えがありませんでした。そして、毎回私たちが提出した意見書についてもほとんど議論されてきませんでした。この委員会の審議は、川辺川ダムの建設を前提にするものであって、基本高水流量、計画高水流量、環境への影響についても結論が先にありきの事務局説明と議事運営が行われてきました。

 しかし、科学性を何よりも重んじなければならないはずの委員会がまっとうな科学的議論を行わずに事務局案を承認しようとすることは、その使命を放棄することであると言わざるを得ません。球磨川水系河川整備基本方針は、県民の多数が反対している川辺川ダム計画に密接に関わるものでありますので、県民の意向を無視した審議が行われてはなりません。その県民から出された意見書を十分に踏まえて審議されることを要望します。

 そして、委員会のあり方としての原点に立ちかえって、基本高水流量と計画高水流量の再審議を真摯に行うことを求めます。

 基本高水流量と計画高水流量の事務局案の問題点と科学的に見て妥当な値については意見書(その1〜8)をお読みいただくとして、今回は「穴あきダムの問題」と、「川辺川ダムによる濁水、富栄養化、河床軟岩露出の問題」について私たちの意見を述べます。

 委員会においてはこの意見書の内容を十分に踏まえて審議するとともに、住民討論集会における住民側の専門家を招いて基本高水流量、計画高水流量の妥当性、環境への影響について科学的な議論を行うことを強く要望します。


1 穴あきダム問題について

(1) 前回の委員会で委員長が穴あきダムの検討を指示した理由
(川辺川ダムの環境への影響)


前回の検討小委員会で近藤委員長は、「川辺川ダムを穴あきダムにした場合を検討し、その結果を次回の委員会で示すこと」を事務局に指示した。翌日、国交省は記者会見で穴あきダムの検討をしないことを表明したが、ここで問題とすべきことは、委員会でなぜ穴あきダムのことが急に浮上してきたかである。それは川辺川ダムを建設した場合の環境への影響を委員会としても懸念せざるをえなかったに他ならない。後で述べるように、穴あきダムは決して「環境にやさしいダム」ではないが、それはさておき、環境への影響を心配せざるをえなくなったのは、近藤委員長がいみじくも語った「(濁水対策としての)清流バイパスや(下流への土砂供給対策としての)排砂バイパスといっても、胸にすっと入ってこない。」という発言に端的に表されている。他の複数の委員からも、「川辺川ダムの環境への影響」を心配する趣旨の発言があった。川辺川ダムで水をためることによる影響を憂慮せざるをえないからこそ、水をためない穴あきダムの話が浮上してきたのである。
それならば、委員会として、川辺川ダムの環境への影響を回避できるとする国交省の説明を受け入れることなく、その説明に対する疑問を明確に示すべきである。委員会がそのことをあいまいにして、川辺川ダム建設に道を開くようなまとめをすることは委員会としての責任放棄であり、決して許されることではない。

近藤委員長も「清流バイパスや排砂バイパスといっても、胸にすっと入ってこない。」と考えるならば、その疑問を具体的に語るべきである。それを語らずに穴あきダムも検討したというポーズをとることによって環境問題への配慮をアピールしようとするのはあまりにも無責任である。委員会は、川辺川ダムの環境への影響に関する国交省の説明に対し、その疑問を明確に示す責任がある。



(2)穴あきダム案を安易に考える委員会の非専門性

上記のとおり、前回の委員会で川辺川ダムを穴あきダムにする案が浮上した。しかし、それは逆に、委員会の非専門性を露呈することになった。それは、川辺川ダム計画を多少なり知っていれば、かんがい用水の利水目的がなくなるからといって、川辺川ダムを穴あきダムに変えることは容易ではないからである。

@ 国の治水計画の破綻
従来の川辺川ダムの治水計画はその良し悪しは別として、なべ底調節という洪水調節方式をとっている。それは、人吉地点の洪水流量が大きくなったときは川辺川ダムの放流量を極端に小さくして人吉地点の洪水流量の上昇を抑えるという操作方法である。このなべ底調節によって国の球磨川の治水計画が成り立っている。しかし、なべ底調節は川辺川ダムの放流ゲートを人為的に操作することによって可能となるものであって、自然調節方式の穴あきダムではこのような操作はできない。自然調節方式は、人吉地点の流量の状況とは関係なしに、川辺川ダムへの流入量が大きくなれば、それに対応してダム放流量が大きくなるから、国交省による計算上の人吉地点のピーク流量がかなり増えてしまうことになり、国の球磨川の治水計画が根本から成り立たなくなる。

A 不特定利水容量の問題
穴あきダムは、かんがい用水の開発目的がなくなるということで出てきた話であるが、この開発目的がなくなっても、川辺川ダムの利水容量がゼロになるわけではない。川辺川ダム計画では既得のかんがい用水を補給するための不特定利水容量の分が確保されている。これは渇水時の流量補強に使うという名目のもので、その容量分の費用は治水と同様に国と県が負担することになっている。その容量は時期によって異なるが、非洪水期(11/16〜6/10)は1,150万m3もある。実際には長年の間、既得のかんがい用水は特段の支障なく、取水し続けてきたのであるから、このような不特定利水の補給は不要であるが、国の机上の利水計画はそのことを前提としているから、計画上はなくすことができないものである。

B 発電の問題
川辺川ダム計画にある発電は、水没でなくなる発電所の発電量と相殺されてしまう程度で、意味のないものであるが、電源開発鰍ェ参画するということで、発電用の容量が川辺川ダム計画に確保され、国交省と電源開発鰍ニの間で契約が成立している。国交省の都合でこの発電容量を一方的にゼロにすることは契約上、簡単なことではない。

C アーチ式コンクリートダムの問題
川辺川ダムはダムコンクリートの堤体積を著しく小さくするアーチ式コンクリートダムで計画されている。これは、貯水池の水圧の大部分を川の両岸に逃がす方式であるが、一方、穴あきダムは、貯水池の水圧をダム本体の重量で受ける重力コンクリート式ダムで計画されているものである。仮に、川辺川ダムを穴あきダムで計画するとすれば、穴の強度を保つためにコンクリート量を増やさざるを得ず、重力式コンクリート式ダムに変わる可能性が高く、川辺川ダムの計画を根本からつくり直すことが必要となる。もちろん、有害無益な川辺川ダムをつくる必要性がないことは言うまでもない。


(3) 環境にやさしくない穴あきダム

 ダムは水を貯めることによって、環境に対して様々な影響を与えるが、穴あきダムは常時、水を貯めないので、環境にやさしいという話が流布している。しかし、穴あきダムであっても環境への影響は決して小さなものではない。

@ 実例が乏しい穴あきダム
穴あきダムといっても、まだ本格的な実例は島根県の益田川ダムだけである。それも、このダムができてからまだ1年程度で、大きな出水を経験しておらず、特に問題となる土砂堆積の問題をクリアできるという保証はまったくない。しかも、益田川ダムの洪水調節容量650万m3に対して川辺川ダムは洪水調節容量が8,400万m3、益田川ダムの13倍もある。そのように10倍以上の規模が持つ川辺川ダムを穴あきダムにした場合、どのような事態になるかは予見できないところが多い。

A ダムの存在自体が周辺の景観を破壊する。
島根県の益田川ダムの現地をみれば分かるように、常時は貯水していないとはいえ、川のど真ん中に高さ46m、幅140mのコンクリート躯体があって、川を遮っているのは異様な光景である。川辺川ダムの場合、現計画では高さ108m、幅300mの大きさであるから、景観を圧する程度は益田川ダムの比ではない。それは景観への影響にとどまらず、そこに生息する様々な動物の生活空間を遮って、それらの生息に少なからぬ影響を与えるに違いない。

B 洪水時の貯水が自然環境に与える影響
穴あきダムでは洪水時には水をため、広大な貯水域がつくられる。貯留された水は徐々に穴から排出されていくが、ある程度の期間は貯水域がつくられ、その貯水域に生息する動物に大きな影響を与えることは必至である。さらに、貯水域に生育する植物に対しても一時的に水面下になることはそれなりの打撃を与え、ストレスに弱い絶滅危惧植物が外来植物に変わってしまうことも予想される。貯水域の動植物の生息生育状況に影響を与えないはずがない。

C 土砂流出が計画どおり進まず、堆砂が進行する可能性が大きい
島根県の益田川ダムは穴あきダムにすることによって堆砂問題を解消できるとして、洪水の初めと終わりの方で土砂を流出させる計画になっている。しかし、それはあくまで机上の話であって、そのように土砂が流出するかどうか、まったく定かではない。益田川ダムはまだ出水を経験していないから、土砂がどのように挙動することになるのか、これから判明することである。まして、川辺川ダムの場合は年間平均の土砂流入量は27万m3(東京ドームの容積の1/5)もあるから、穴あきダムの土砂流出機能(どの程度あるのか疑問だが)によって対応できるようボリュームではない。川辺川ダムを穴あきダムに変えてもやはり堆砂が凄まじい勢いで進行することが十分に予想される。そして、堆積した土砂が穴あきダムの穴をいずれは塞いでしまうことも考えられる。

D 流木や岩石、土砂で穴が詰まってしまう可能性もある
洪水時には土砂だけではなく、大きな流木、岩石も流下する。それらが折り重なって流下した場合は穴あきダムの穴をふさいでしまうことも予想される。ゲート操作のダムならば、ゲート操作で放流口を大きくしたりして閉塞を防止する措置をとることが可能であろうが、穴あきダムの場合は成り行きにまかせるしかなく、大きな流木、岩石などで閉塞してしまう可能性がある。その場合は洪水が放流されず、貯水位がどんどん上がって、最悪の場合は貯留された水がダムから越流して、決壊の危険性をつくり出すことにもなりかねない。

E 濁水の流出源になる可能性もある
2004年と2005年の夏の豪雨により、川辺川源流域で大規模な山腹崩壊が起きた。崩壊した土砂は巨大砂防ダムである樅木(もみのき)砂防ダムと朴木(ほうのき)砂防ダムなどに堆積し、そこからシルトが徐々に流出し、清流・川辺川が一転して濁水の川に変わってしまった。濁水の期間は半年以上続いた。この樅木ダムや朴木ダムの状況は穴あきダムの未来の姿を暗示している。Cで述べたように穴あきダムで土砂の堆積が進行すれば、その堆積土砂からシルトが徐々に流出することが十分に予想される。



2 川辺川ダムによる濁水、富栄養化、河床軟岩露出の問題について

(1) 川辺川ダムによる濁水の発生について

(前回の委員会資料3−2の4ページ 水質への影響(1))

川辺川ダムが川辺川・球磨川の環境に大きな影響を及ぼすことが心配されている問題の一つとして濁水の発生がある。ダムによる濁水発生の仕方は二通りある。一つは洪水濁水の長期化である。これは、ダムがなければ、濁水は洪水とともに流下するので一過性だが、ダムがあると、洪水時の濁りが貯水池に滞留して、ダム放流水の濁りが長期化する問題である。もう一つは、渇水濁水である。これは、渇水時に水位が下がると、貯水池の堆積土砂の一部が露出して洗掘され、それがダム放流水に混入する問題である。国交省は前回の委員会資料で選択取水設備と清水バイパスによって川辺川ダムの濁水問題を解消できるとしているが、その根拠は乏しく、濁水の発生は不可避である。

1)清水バイパス――清水バイパスは机上のプランであり、取水を行う水位維持施設の堆砂問題を何も考慮していないから、濁水問題の解決策にはならない。

 @ 清水バイパスの実施例または成功例はあるのか
国交省が掲げる濁水対策の二本柱の一つが清水バイパスである。しかし、清水バイパスは実施例または成功例がほとんどなく、机上のプランに近い。2月14日の検討小委員会では国交省がその実施例として奈良県の旭ダムの名をあげたが、旭ダムで実施しているのは、排砂バイパスであって、清水バイパスではない。清水バイパスは実施例が出てこないほどのマイナーなものでしかなく、当然、技術的に確立されたものではない。

A 水位維持施設の堆砂問題をどう処理するのか。
清水バイパスとは、満水位以下のダム湖内の上流部に水位維持施設を設置し、そこから取水してダム下流までバイパス管で導水するものである。国交省の報告書「川辺川ダム事業における水質保全対策について」(1999年12月)には水位維持施設は満水位以下のダム湖の中に設置されるもので、高さ21mのミニダムと記されている。
しかし、水位維持施設の堆砂問題をどう処理するのかについては、前回の委員会資料でも国交省の報告書には何も記されていない。上流から流れ込んでくる土砂が、この水位維持施設に堆積することは避けられないはずである。何しろ、川辺川ダム全体で年間27万m3の土砂流入が予定されているのであるから、その一部が堆積するだけでも水位維持施設、ミニダムは短い年数で、土砂で埋まってしまう。そうなれば、ミニダムの堆積土砂のうちの浮遊土が流出して、濁り水が清水バイパスに供給されることになってしまう。清水バイパスではなく、濁水バイパスになる可能性が高い。水位維持施設の堆砂の問題を何も検討しない清水バイパスの計画はまさしく机上のプランである。

2) 選択取水設備の矛盾――選択取水設備は濁水と水温という二つの問題に対応しなければならず、実際の運用はどちらかを犠牲にしなければならないことが多いから、濁水の発生を回避することは困難である。

@ 複雑な運用ルール、ルールそのものも問題
 前回の委員会資料4ページでは国交省は次の運用ルールで水質保全対策を行うとしている。
@ 流入水の濁度が25度以上という出水時は貯水池内の濁水の早期排除に努めるため、選択取水設備と清水バイパスにより、貯水池内の最も濁度が高い層から流下させる。
A 流入濁度が25度未満で、且つ、選択取水設備と清水バイパスで取水できる水の濁度が2度以上の場合は、選択取水設備と清水バイパスのうち、濁度の低い方から流下させる。
B 流入濁度が25度未満で、且つ、選択取水設備と清水バイパスで取水できる水の濁度が2度未満の場合は、選択取水設備及び清水バイパスにより、流入水温に近くなるようにして流下させる。

 このように複雑なルールを実際に運用できるのか、非常に疑わしい。さらに運用のルールそのものにも問題がある。@をみると、洪水時には貯水池の濁りを一掃しようとばかりに、貯水池内の最も高濁度の層から取水するのであるから、洪水時とはいえ、かなりひどい濁水が流れることは必至であり、下流での後遺症が心配される。
 
A 二律背反の選択取水設備
このルールのうち、清水バイパスは 1)で述べたように単なる机上のプランでしかないから、濁水対策は専ら選択取水設備によることになる。
通常の選択取水設備はダムの冷水対策として設置される。この場合は、貯水位の変動に対応してダム湖表層の水温の高い水を取水するようにするので、冷水改善が或る程度は可能であるが、川辺川ダムの場合は、濁水と水温という二つの問題に対応しなければならない。低濁度の層と最適水温の層が必ずしも同じではないから、選択取水で二つの問題を解消することは容易ではない。
実際に上記の報告書に選択取水設備を鶴田ダム(川辺川ダムと同規模のダム)に適用した場合の計算例が二例、示されている。そのうちの一例(平成3年6月)をみると、洪水から2〜3日経過した6月18〜19日には、流入水の濁度が低下しているにもかかわらず、濁度のかなり高い層から取水されている。濁度が最も低いのは最下層だが、そこは水温が最も低いため、その層の取水は行われていない
 このように選択取水設備は二律背反の面があり、それによって濁水と水温の二つの問題を同時に解消できないことが多いと考えられる。上記の報告書でも、「(選択取水設備だけでは)秋から冬にかけての水温変化現象を軽減できない。また、濁りに関しては、洪水後に濁水の長期化が避けられない場合もある。」と述べている。
 それにもかかわらず、前回の委員会資料3―2の5ぺージ左上では、現況よりもダム建設後の方が川辺川ダム下流の濁水はむしろ改善され、濁度5度未満の日数が1日長くなるという計算結果が示されている。これは現実性のない清水バイパスと選択取水設備で対応できるという机上の計算で求めたものに過ぎず、まったく根拠のないものである。

以上のように、選択取水設備の効果は限定的なものであり、また、清水バイパスは机上のプランであるから、川辺川ダムによる濁水の発生は避けることができない。


(2) 川辺川ダムの富栄養化現象(植物プランクトンの異常増殖)について
(前回の委員会資料3−2の5ページ 水質への影響(2))

川辺川ダムが環境に及ぼす重要な問題の一つは富栄養化問題である。ダムをつくると、湛水域を好む植物プランクトンがダム湖で異常増殖して、水質が必ず悪化する。それはダム湖面の美観上のことにとどまる問題ではない。水質が悪化した水がダム下流に放流されると、清流・川辺川が台無しになってしまうだけでなく、その影響が球磨川にまで及ぶことが懸念される。ダム湖の富栄養化問題について国交省がいつも説明に使うのはボ−レンバイダーモデルである。ボ−レンバイダーモデルとは、貯水池の富栄養化現象を予測するモデルであるが、前回の委員会資料5ページでも国交省は川辺川ダムにこのモデルを当てはめて、富栄養化は問題にならないとしている。しかし、この説明は国交省がボ−レンバイダーモデルの意味をよく理解していないことによるものであって、実際には川辺川ダムで富栄養化による水質悪化が進行する可能性が高い。

1)ボーレンバイダーモデルによる国交省の判断は国の環境基準を逸脱している。

 国交省は、ボ−レンバイダーモデルによる川辺川ダムの予測結果として前回の委員会資料5ページ右下の図を示し、川辺川ダムは上の曲線L=0.03(Hα+10)と、下の曲線L=0.01(Hα+10)のほぼ中央にあることから、富栄養化の可能性は低いとしている。これは、他のダムでも国交省が富栄養化問題について使っているワンパターンの方法である。
同図の二つの曲線は次のことを意味している。
上の曲線L=0.03(Hα+10):貯水池のリン濃度が0.03mg/Lの場合
下の曲線L=0.01(Hα+10):貯水池のリン濃度が0.01mg/Lの場合
 川辺川ダムが上と下の曲線の間にあるということは、ダム貯水池のリン濃度が0.03mg/Lと0.01mg/Lの間になることを意味する。だから、富栄養化の可能性が低いと国交省は主張しているのであるが、それは国が定めた富栄養化の環境基準を逸脱した主張である。
 天然湖沼および貯水量1000万m3以上の人工湖(ダム湖)について窒素とリンの環境基準が定められている。ここではリンの環境基準を示すと、
 @ 水道1、2、3級(特殊なものを除く) 全リン 0.01mg/L
 A 水道3級(特殊なもの)        全リン 0.03mg/L
  
  @水道1級:普通沈殿+緩速濾過の浄水操作を行うもの
   水道2級:凝集沈殿+急速濾過の浄水操作を行うもの
    水道3級:前処理等を含む高度の浄水操作を行うもの
       (この水道3級は通常の浄水施設で、粉末活性炭の注入などの緊急的な処理を行う場合を意味する。)
A 水道3級(特殊なもの):臭気物質除去のために十分な活性炭処理施設、オゾン処理施設等の恒常的施設を有するもの

 この環境基準が意味するところは次のとおりである。
 リン濃度が0.01mg/L以下であれば、植物プランクトンの増殖が小さく、通常の浄水場の浄水操作で対応できるが、0.01mg/Lを超えると、0.03mg/L以下であっても、植物プランクトンの増殖がかなり進行して水質が悪化するため、活性炭、オゾンといった恒常的な高度処理施設を有する浄水場が必要である。
 川辺川ダムの予測リン濃度は0.01mg/Lを超えているのであるから、国の環境基準に当てはめると、ダムの直下流に水道浄水場があれば、通常の浄水操作で対応できないほど、植物プランクトンの増殖が進行して水質が悪化することを意味する。0.03mg/L以下であれば、富栄養化の可能性は低いとする国交省の判断基準は完全に誤っている。
〔注〕このモデルをつくったVollenweiderが国交省のような主張をしているわけではない。リン濃度が0.01mg/L以下を貧栄養、0.01〜0.03mg/Lを中栄養、0.03mg/L以上を富栄養と分類しているだけである。ただし、ボーレンバイダーモデルは季節変化などを考慮しない単純な計算式によるものであるから、あくまで一つの目安を得るだけのものである。
      
2) ボーレンバイダーモデルの二つの曲線の間にあっても、富栄養化が問題となっているダム湖は数多くある。

 実際に、全国のダム貯水池についてリン濃度と富栄養化現象との関係を調べたものをみても(ダム水源地環境整備センター「ダム湖の水質保全シンポジウム」1993)、リン濃度が0.01〜0.03mg/Lの119ダム湖のうち、49湖、すなわち、40%の割合で富栄養化現象が問題になっている。 1)で述べたように、リン濃度0.01〜0.03mg/Lはボーレンバイダーモデルの二つの曲線の間にあることを意味する。
 このように、ボーレンバイダーモデルの二つの曲線の間にあっても、植物プランクトンの異常増殖で水質が悪化するダム湖は数多くある。
 
ボーレンバイダーモデルは季節変化も考慮しないきわめて単純化したモデルであるけれども、このボーレンバイダーモデルでも、川辺川ダムは植物プランクトンの異常増殖による水質悪化の可能性が十分にあることが国交省の計算でも明らかになっている。すなわち、ダム湖で植物プランクトンが異常繁殖して湖面が異様な色を呈し、さらにそのダム湖水の放流によって清流・川辺川の水質が悪化することが十分に予想される。


(3)川辺川ダムによる人吉地区の軟岩露出の問題について
(前回の委員会資料3−2の6ページ 下流河道への影響)
 
川辺川ダムの堆砂容量は2,700万m3もある。これは100年間分の計画堆砂量であるから、年間平均27万m3の堆砂である。東京ドームの容積が124万m3であるから、その約2割という膨大な量の土砂が川辺川ダムで毎年カットされ、球磨川に供給されなくなるのであるから、その影響はきわめて大きく、川辺川ダム直下にある球磨川人吉地区の河床が大きな影響を受けることは必至である。上流からの土砂の供給と、堆積土砂の流亡のバランスで成り立っていた表層の砂礫層はなくなって、軟岩(人吉層)が露出していくことが予想される。ダムがもたらす軟岩露出は半永久的に続くから、生態系への影響は深刻である。まさしく魚類や底生動物の生息環境を悪化させる状態が半永久的に続いていくのである。

1) 置き土という方法に現実性はあるのか。

ところが、前回の委員会資料6ページでは、「ダムからの土砂還元の有無について河床変動シミュレーションを実施」「下流の高水敷に置き土し洪水時に自然流出することを仮定」「ダムによる下流河川の河床低下に伴う大規模な人吉層の露出はないと考えられる」と書かれている。その計算結果の図も示され、置き土という方法が有効であるかのように記されている。
置き土とはダムの堆砂を浚渫してダンプトラックでダム下流に運んで高水敷に積み、洪水時に流出するようにする方法であるが、どうして置き土で年間平均27万m3という膨大な堆砂に対応できるというのであろうか。仮に効果があるとすれば、少なくとも年間平均27万m3の半分は浚渫して置き土をしなければならないであろう。10トンダンプで運ぶとすれば、10トンダンプの積載土量は6m3程度であるから、延べで約23,000台のダンプを走らせなければならない。また、膨大な土砂量であるから、その浚渫に大変な経費がかかるであろうし、また、下流の高水敷での置き土も場所の確保だけで大変なことである。このような問題を踏まえると、置き土という方法が川辺川ダムにおいて現実性があるとは到底考えられない。
現実性がない置き土であたかも下流河川の河床低下を防ぐことができるとする国交省の計算はまったくの架空の計算にすぎない。

2) 排砂ゲート、排砂バイパスの問題

前回の委員会資料6ページ右下には、全国で実施されている土砂対策として置き土の他に、排砂ゲート、排砂バイパスが示されている。川辺川ダムについては置き土のみで、排砂ゲートや排砂バイパスを用いた場合の計算結果がないのは、排砂ゲートや排砂バイパスが余り当てにならないことを示唆している。排砂ゲートの実施例は富山県黒部川の出し平ダムと宇奈月ダムであるが、この二つのダムについてよく知られていることは排砂ゲートからヘドロ混じりの真っ黒な堆積土砂を排出して、黒部川下流と河口域の魚介類の生息に致命的な影響を与えたことである。他のダムではとても採用できる方法ではない。
排砂バイパスについては実施例として長野県の美和ダムや奈良県の旭ダムなどが示されているが、実際に排砂バイパスがどの程度有効であったのか、明確な実績データは何も公表されていない。効果があったという宣伝文句ばかりだけで、明確な実績データが何も示されていないのであるから、かなり怪しげなものである。排砂バイパスとは基本的には、洪水時に水を貯留するのがダムの役割であるにもかかわらず、土砂が混入した洪水時の流入水をダム下流に流してしまうのであるから、ダムの役割を縮小してしまう方法である。もし排砂バイパスが効果を発揮しているとすれば、一方で、ダムの役割がかなり低下しているはずであるし、逆に、ダムの役割が従前とあまり変わっていなければ、排砂バイパスにさほどの効果が見られないはずである。いわばダムの役割を否定しまうような方法で国交省はダムの延命を図ろうとしているのである。

川辺川ダムの堆砂見込み量は年間平均27万m3(東京ドームの容積の約2割)もある。これだけ膨大な土砂が川辺川ダムで毎年カットされ、球磨川に供給されなくなるのであるから、その影響はきわめて大きく、人吉地区の河床で軟岩露出の問題が生じることは必至である。国交省は置き土という方法で対応できると説明しているが、川辺川ダムの堆砂量は置き土で対応できるようなオーダーではなく、国交省の説明は欺瞞である。





県民の会トップへ戻る