森の神・フンババ 松原 学  これは今からずっとずっと昔のお話です。  西の国の森に「フンババ」と言う、森の神様が住んでいました。  フンババの住む森は、ナラの木や杉の木がうっそうとしげり、色々な虫や鳥やけも のがたくさんいる、ゆたかな森でした。  フンババは土にじっと根をはって、動くことのできない木々に、いろんなところの 話をしてやったり、すくすくと育つ若木の頭を、やさしくなでてやったりしていまし た。  ある日、谷のおくでとしとった杉がフンババに聞きました。 「フンババ様、わしはもう五百年以上も生きてきました。じゃが、このごろめっきり 身体がよわってしまい、まもなく死ぬでしょう。死ぬかくごはできたつもりでいたん じゃが、いざとなるとやっぱり、死ぬのがこわい。フンババ様、たすけて下さい」 杉のおじいさんの話をじっと聞き終わると、フンババはやさしくほほえみながら 「なぁ、杉のじいさん、このよのなかに、えいえんの命などないんだ。命あるものい つかは死ぬ。 みなから神様と言われている、この私とて、この森がなくなれば死んでしまうだろう。 なぁ、じいさん。自分のことばかり考えると、どうしても元気がなくなる。だが、 じいさんが死んだ後のことを考えると少しは元気になるんじゃないか?」 「わしの死んだ後のこと?」 「そう、じいさんが死んで、静かにたおれる。だが、じいさんのたおれた後には、じ いさんの子供たちがすくすくと育って行くだろう。かわいい小さな杉たちがすくすく と育ち、やがてりっぱな若杉となって、ぐんぐん空に向かって伸びて行く。 なぁ、じいさん、じいさんのよこたわる身体のまわりから、ぐんぐんと成長して行 く子供たちのことを考えたら、死ぬことも少しはちがって見えるのではないかな」 「うーん。なるほど、そう考えるとわしの死も小杉や若杉のためになるんじゃなー。  フンババ様、今日は良い話を聞かせていただきました。これでなんとなく、楽しく 死ねそうじぁ。ありがとうございました」 フンババはまた、やさしくほほえんで杉のおじいさんと別れました。  それからしばらくたった、ある満月の夜、フンババやふくろうや多くのけものが見 まもるなか 「フンババ様。  どうか、わしの子供たちをお守り下さい。 どうか、この森をお守り下さい」 と言って、杉のおじいさんは静かにたおれて行きました。 さて、この森から流れ出すゆたかな川のほとりに、若くてりっぱな王様がいました。 王様はいつも、この国がゆたかになるにはどうすれば良いかと考え続けていました。 「この国のみんなが、おいしいものをお腹いっぱい食べられる様な国にするにはどう すればいいのだろうか?」 「この国のみんなが、楽しくくらせるにはどうすればいいのだろうか?」  あるとき、けらいの一人が王様の前にすすみ出て 「王様、王様のおのぞみがかなえられます」と言いました。 「なに、私ののぞみがかなうと?」  けらいは一本のオノを王様にさし出しました。 「このオノは、おおいなるオノと言います」  けらいが王様にさし出したオノは、どんな大きな木でもかんたんに切れてしまう、 すばらしいものだったのです。  王様はさっそく、このオノを使いゆたかな国をつくる計画を立てました。  その計画とは森の木を全部切りたおし、その木で大きな船をつくり、残りの木を外 国に売り、宝物と交換すること。そして、森の木を切った後には、ヒツジやヤギを飼 うというものでした。  自分で立てたこの計画に、王様はたいへんよろこびました。  さっそく、国のきこりたちが王様のきゅうでんによびあつめられました。  王様はきこりたちに、森の木を全部切ることを命令しました。  すると、きこりの長老が王様の前に進み出て 「王様、わしらには森の木を全部切るなど、そんなおそろしいことはできません」 と言いました。 「なに?  お前は楽なくらしをのぞまないのか?  お前の子供やまごに、はらいっぱい、おいしいものを食べさせたくないのか?」 王様はだんだん、はらがたってきました。 「それに私はこの国の王だぞ、この国に住むお前らがなぜ、この私の命令が聞けない のだ」  おこる王様にきこりの長老は 「王様、森にはフンババ様という森の神様がおられます。  わしら、きこりはいつもフンババ様にお願いして、少しの木を切らしてもらってい ます。 わしらはフンババ様のおかげで、毎日くらしているようなもの、森の木を全 部切ってこいと言われても、そんなお願いをフンババ様にはできません。  王様、どうか、お考えなおし下さい」 と、お願いしました。  王様は、しばらく考えた後で 「そのフンババというのは、どんな神様なんだ?」 と、たずねました。 「フンババ様は森の神様です。わしらきこりは、森にはいり木を切るときは、いつも フンババ様にお願いをして木を切らしてもらっています」 「お前は、フンババを見たことがあるのか?」 「いえ、この目では見たことはありませんが、森には確かに、フンババ様がおられま す。わしらきこりは、いつもフンババ様を感じなから、森で仕事をしています」 「お前は、金持ちになりたくないのか?森の木を全部切り、そこでヒツジを飼えばチ ーズや肉がいっぱい食べられるし、暖かいセーターもきれるようになる。そんなくら しをお前はのぞまないのか?」 「それは・・・、そんな夢のようなくらしができればいいのですが・・・」  王様はある決心をしたようすで、さっと立ち上がり、 「よし、あの森はこの国のもの。この国の王として、これよりフンババをたいじしに 森に行く、森の木を全部切りたおすのだ。  そして、この国の人々がゆたかな生活ができるようにする」 と、大きな声でせんげんしました。  王様がおおいなるオノをもち、おおぜいのけらいを引きつれ、森に入って行きまし た。  森に入ると王様は、手にもったオノを力いっぱいふりおろし、森の木をどんどん切 りたおして行きました。 切りたおされてゆく木々は、ひめいをあげ泣き叫びながら次々とたおれてゆきました 。           たおされて行く木からは鳥や虫が飛び立ち、けものが逃げさります。  森がさわがしいのに気づいたフンババが、すぐにやってきました。  フンババはびっくりしました。  これまでもきこりが木を切るのは見たことがありますが、王様の持っているオノは これまで見た、どのオノよりも良く切れるのです。  どんな大きな木も王様のオノのひとふりで「ぎっぎっぎっぎ、きー」と言うひめい とともに「バッサー」と、切りたおされるのです。  木はあっと言う間に十本、二十本、百本と切りたおされてゆきます。  オノの切れ味があまりにも良いので、王様はだんだん木を切ることによろこびを感 じるようになり、もう、くるったように次から次に切りたおしてゆきます。 「王よ、木を切るのをやめよ」  森ぜんたいからきこえてくるフンババの声に、けらいたちはおびえ、王様もすこし こわくなりました。  しかし、国でいちばんゆうかんな王様です。  森ぜんたいに聞こえるように、大きな声で 「フンババよ、すがたを見せろ」 と、さけびます。 「私のすがたを見たければ、その目をとじればよい」 「なに、目をとじれば見えると?  目をとじれば、何も見えなくなるではないか。私が目をとじているすきに、私をお そうつもりだな。そんなことではだまされないぞ。  すがたを見せろ」 「なにもしはしない。  私を見たければ、その目をとじなさい」  王様はしずかに目をとじてみました。  すると、王様のあたまの上の方、森の木々のえだが広がるぜんたいから、赤黒いも のがワァーッとおおいかぶさってくるのをかんじ、とっさに目をあけました。  目をあけると赤黒いものはなく、目をとじる前と同じ森がひろがっています。 「私のすがたが見えたかな?」  王様はもう一度、目をとじます。  するとまた、頭の上の方から赤黒いものがワァーッとおおいかぶさってきます。  あまりのおそろしさに、目をぱっとあけ、 「ひきょうもの、私が目をとじているあいだに、私をおそおうとしたな」 「ほっ、私はずっとここにいるよ。  王よ、あなたには、私がどのように見えたかな?  たぶん、今のあなたにはすごくおそろしく、ぶきみなものに見えたのでは?」  王様はどきっとしました、ですが、きをとりなおして 「森の神、フンババよ、今日、私はおまえをたいじにここへきた。  もし、おまえが神なら、神としての力を見せて見ろ!  せいせいどうどう、私としょうぶしろ」 「ふっ。  王よ、神とはほんらい力などもたぬもの。  もし、私に力があれば、あなたのようなちいさなもの、どうにでもできるのでは? 」  フンババのことばに、王様はぞっとしました。完全に、森の神フンババにはかなわ ないと思いました。  すっかり、元気をなくした王様に、けらいがそっとささやきました。 「王様、フンババが力をもっていないということは、王様の方が強いということでは ないのでしょうか?  また、王様が目をとじさえしなければ、フンババは見えないのでしょう?  でしたら、目に見えないものなど、気にすることなく、計画を実行しましょう」 「そうだ、そう考えればよい」  王様は、みんなの前で計画の実行をせんげんした時のことを思い出しました。  そして、オノを高々とふり上げ、フンババに言いました。 「森の神、フンババよ、この山はこの国のものだ。  この国の王として、国の人々にゆたかなくらしをやくそくするため、この山の木を 切る。  そうして、森がなくなった山にはヒツジやヤギを放し、その数をふやし、この国を 世界中でもっともゆたかな国にするのだ。  もう、この国に森はいらない。フンババよ、立ちされ」 「王よ、あなたはなにもわかっていない。  森は雲を作り、水を生み、川を育て、海をゆたかにしているのです。  この森があなたを支えているのです。  雨も降らないのに川に水が流れるのはなぜかと考えたことはありませんか?  木々は切りたおされ、多くの虫や鳥やけものが逃げ出しましたが、あのものたちが あなたに何か悪いことをしましたか?  今ならまだ、間に合います。  どうか、森を守り、森の生き物を守って下さい。  それが、あなたの本当ののぞみがかなえられる方法ですよ」 「私の本当ののぞみ?」  王様はフンババがなにを言っているのかわかりませんでした。 「私ののぞみはこの森を切り開くことだ!」  王様はこうさけんで、また木にオノをふりおろしました。  木が次々とたおされてゆくにしたがって、だんだんとフンババの声が小さくなって 行きました。  フンババは消えいるような声で、 「王よ、ゆたかな国をのぞむならば、王として声なき声を聞く耳と、見えなきものを 見る目を、あなたが持つことです。そして、小さなものも大きなものも強きものも弱 きものも、みな生き続けるようにすることです。  王よ、もっと良く見なさい、もっと良く聞きなさい、それが・・・・」  山の頂上に立つ、大きなナラの木を切りたおした時、もうフンババの声は聞こえな くなりました。 さて、それからどれくらいたったのでしょうか。  フンババがいなくなった山には、ふたたび森がよみがえることはありませんでした。 何千年もたった、いまでも。                                おしまい。                   松原 学  manabu@aero.kyushu-u.ac.jp